ZOO〜愛をください


 ある土曜日の昼下がり。その日は清々しいまでの青空で、絶好のお出かけ日和であった。春の日差しをいっぱいに受けて、ひとりの青年が古ぼけた建物の門をくぐった。どこからともなく聞こえてくる声と挨拶を交わすと、正面の扉が自動的に開いて青年を招き入れる。
 トントントン。青年は小気味よい音を立てながら階段を駆け上っていく。
「おにいちゃん!」
 階段を上りきったところで幼い声が聞こえる。声の聞こえた方を振り返ると、フリルのついた白いワンピース姿の幼い女の子がトテトテと駆け寄ってきた。
「おっ、ひのめちゃん、来てたのかあ」
 飛び込んでくる少女を身を屈めて受け止め、抱え上げる青年・横島忠夫、22歳。GS美神令子の助手としてバイトをしている。
 22にもなってバイトか!? と思われるかも知れない。しかし、これにはわけがある。と言っても、決してやむにやまれぬ事情があって美神令子に奴隷として身売りしてしまったわけではない。扱いとしては大差ない気もするが……。
 横島は、何と大学生なのである。六道学院大学霊能学部除霊学科4年生。これが今の彼の身分。GSとしてキャリアを積む上で体系的な知識と技術を身につけておきたい、という彼にしては珍しく前向きな理由で、共学になったばかりの名門大学に進学したのである。割と真面目に大学の講義に出席しているため、事務所での身分はバイトのまま。しかし、卒業後は美神除霊事務所に正社員として就職が決まっている。



 話を元に戻そう。
 そんな横島の所に飛び込んできた幼女は所長・美神令子の20歳年下の妹・美神ひのめ。横島にいたく懐いている。ことによると実の姉以上に。何しろ階段を駆け上る足音だけで「おにいちゃん」だとわかるくらいなのだ。
『おおきくなったらおにいちゃんのおよめさんになるの』
と口癖のように言っている。
 横島に想いを寄せる事務所の女性陣としては、子供の無邪気な言葉とわかっていても、その素直な発言を羨むと共に言い知れぬ不安を覚えるのであった。
 さて、抱え上げたひのめを床に降ろし、手をつないで事務所に入っていく横島。
 部屋にはお茶を飲みながらくつろぐ美神親娘の姿があった。
「いらっしゃい、横島クン」
 ひのめの母・美智恵がにこやかに声をかけた。横島も挨拶の言葉で応じる。
「あら、おキヌちゃんは一緒じゃなかったの?」
 令子が横島に問いかけた。
 もうひとりの助手・氷室キヌも横島の後を追うように六道学院大学の霊能学部に入学し、現在は除霊史学科の3年生だ。学科こそ違うものの講義以外では横島と行動を共にしていることが多く、これまた女性陣の羨望を集めている。
「レポートの資料を探しに図書館に寄るって言ってましたよ」
「そう」
「まあ、横島クンが来たんだし、ちょうどいいんじゃない?」
「そうね、ママ」
 何が「ちょうどいい」のかわからないが、自分の知らないところで話が進んでいることに不安を覚える横島。
「あの……何の話っスか?」
「実はね、令子と買い物に出かけることになってるんだけど、その間、ひのめの面倒を見ててもらいたいのよ。いいかしら?」
 手を合わせ、軽く首を傾げてウィンクをしながら美智恵が言う。その仕草はとても20歳過ぎの娘がいるとは思えないくらいに若々しくあだっぽい。
 不覚にもドキンとしながら横島はコクコク頷いた。
「じゃ、じゃあ、ひのめちゃん、お天気もいいし、どっかお出かけしようか? どこに行きたいかな?」
 慌てて美智恵から目を逸らし、ひのめに問いかける横島。
「どうぶつえんにいきたい!」
「動物園かあ。いいね、じゃあ動物園に行こう!」
「やったあ!」
 大好きなお兄ちゃんとのお出かけに目を輝かせて喜ぶひのめ。



「ただいまあ」
 そこへふたつの声が重なって聞こえてくる。事務所の居候・人狼のシロと妖狐のタマモである。現在、六道学院女子高等部の1年生。午前中だけの授業を終えて帰ってきたところだ。
 事務所に入ってきたシロは、横島の姿を認めるや否や飛びつき、顔をぺろぺろと舐め回す。
「せんせえっ!! お散歩! お散歩に行くでござるっ!!」
「だあああっ、いい加減に顔を舐めるのはやめろと言うとろうがっ!!」
「ダメよ、シロ。横島クンはひのめと一緒に動物園に行くんだから」
 横島を引きずって出て行こうとしているシロを令子が制する。
 ピタリ。シロの動きが止まり、顔を上げた。
「動物園でござるかああっ! 拙者も一度行ってみたかったでござる。ぜひお供を」
「シロ、あんたね、自分が何者かわかってんの? こんな尻尾つけて動物園なんて行ったら、捕まって檻に入れられちゃうわよ」
 タマモがシロの尻尾を引っ張りながら言う。
「な、なにおうっ!!」
 怒りを露わにタマモに向き直るシロを無視して、タマモは横島にぴっとりとくっついていく。
「ねぇ、横島ぁ、シロなんてほっといてあたしを連れてってよ」
「こ、この女狐、先生から離れるでござるっ!!」
 いつものケンカが始まろうとしたその時、
「やかましいっ!! あんたたちはふたりとも留守番よっ!!」
 飼い主、もとい保護者の雷が落ちた。
「ええ〜〜っ」
 不満そうに声を上げるふたり。

「私の言うことが聞けないって言うの!?」

 ゴゴゴゴ。部屋いっぱいに巨大化した顔で威圧感たっぷりにふたりを見下ろす令子。
「そ、そんな……とんでもないでござる……」
「お、お留守番ね……任せといて……」
「ったくもう。あ、そうそう、横島クン、動物園行くったって、どうせあんたお金なんて持ってないんでしょ? 持って行きなさい」
 令子はそう言うと、財布から無造作にお札を数枚抜き出して横島に差し出した。しかも横島が未だに時々しかお目にかかれない「福沢さん」を。
 ザザザザッ!! 壁際まで後ずさりする横島、シロ、タマモ、美智恵、そしてひのめ……。
「そ、そんな、美神さんが……」
「何かの間違いでござる……」
「ま、まさか偽者……? さては狸ねっ!?」
「令子、あんた熱でもあるんじゃないの……?」
「おにいちゃん、こわいよおおおっ!」
「な、何よっ!? 私だって可愛い妹のためにお金出すことくらいあるわよっ!! ……って、ひのめ、あんたまで怖がることないでしょ!?」
 顔を真っ赤にしながら叫ぶ令子。
「こ、これはもう愛の告白としかっ……!」
 いつものごとく、大きく曲解して令子に飛びかかる横島。
 ゴンッ!! 当然ながら神通棍で撃墜される。しかも今回は5人分まとめてしばかれている感がある。
「何なら、来月のあんたの給料から天引きしてもいいのよ!」
「すみませんでした……」



「それじゃ横島クン、よろしくね」
 美智恵たちに送り出されながら、横島はひのめと手をつないで事務所を出た。後ろではシロとタマモが羨ましそうにじっとりと視線を送っている。
「じゃ、令子、私たちも出かける準備をしましょうか」
 美智恵と令子はさっさと事務所に入っていった。
 横島たちが歩いて行くと角からたくさんの本を抱えた女性が現れた。氷室キヌである。おキヌは仲良く手をつないだ横島とひのめを見て、抱えていた本をバサバサと取り落とした。
「あ、おキヌちゃん、お帰り。大丈夫?」
 そう言いながら本を拾うのを手伝う横島。どうやらおキヌが本を落とした理由には気づいていない様子だ。
「あ、いえ、ありがとうございます。あの……お出かけですか?」
「ん、美智恵さんに頼まれてね、ひのめちゃんと動物園に行くとこ。な?」
 最後はひのめの方を向きながら言う。
「うん!」
「じゃ、おキヌちゃんもレポート頑張ってね」
 拾った本を手渡しながらそう言うと、横島はひのめを連れて歩き出した。
「いいなあ……」
 ポツンと呟くおキヌ。ふと事務所の方を見ると同じく羨ましそうに眺めている者が2名。
 おキヌはふたりの方に近づいていった。
「ねえ、シロちゃん、タマモちゃん、これからお出かけしない?」
 ゾクッ。シロとタマモは何故か背筋に震えが走った。



 それはさておき、動物園にやってきた横島とひのめのふたり。仲良く手をつないでいる様は微笑ましいことこの上ない。
「さあ、ひのめちゃん。何が見たい?」
「しろいクジャクさん」
 ガン! 横島こけて頭がベンチにミラクルヒット!
「……あ、あのね、ひのめちゃん、白いクジャクさんはこの動物園にはいないんだよ。すっごく遠いところまで行かないと見られないんだ」
 ちなみに白クジャクがいるのはバルセロナ動物園である。
「え〜いないの〜? じゃあキリンさん」
 ここで泣きわめいて「人さらい」扱いしながらだだをこねないところが子供の「れーこ」と大違いである。美智恵さん、あんた、今回いい仕事してるよ、心の中でサムズアップしながら、親娘の前で声に出したら酷い目に遭いそうなことを考えている横島。
「よおし、じゃあキリンさん見に行こうな」
 ふたりはつないだ手をゆっくり振りながらキリンの檻へと向かっていった。



「わあ、おおきい〜〜」
 ひっくり返りそうなくらいに反り返ってキリンの首を見上げているひのめ。
「ねえねえ、おにいちゃん、あんなにたかいところにあたまがあったら、どんなふうにみえるのかなあ」
「よおし、ひのめちゃん、ちょっとおいで」
 横島が声をかけるとひのめはすぐに駆け寄ってきた。
「キリンさんみたいに高い所は無理だけど……」
 横島はそう言ってひのめをすっと肩車する。
「わあ、とおくがよくみえる〜〜」
 急に開けた視野に大はしゃぎのひのめ。
「……っとっと、ひのめちゃん、大きくなったなあ」
 少しよろめきながらもすぐに身を安定させるのは、長いGS助手生活で鍛えられた肉体あってのことだろう。
「そうだよ。はやくおっきくなって、おにいちゃんのおよめさんになるんだもん!」
「そっかあ、じゃあ、ひのめちゃんが大きくなるのを楽しみにしてなきゃな」
 子供の戯言とばかりに横島が軽い口調で返すと、
「ほんと? やくそくしてくれる?」
 ひのめはまっすぐな眼差しで横島を見下ろしながら尋ねる。横島からひのめの顔は見えないが、問いかけるひのめの真剣そのものの口調に横島もたじろいでしまう。
「……えっと、それは……ね」
「ね〜え〜、や〜く〜そ〜く〜〜」
 尚も言い募るひのめに横島はさすがに困り気味。フラフラよろめきながらもどうにかひのめを地面に降ろした。しかし、ひのめは地面に降りるとすぐに横島に約束をせがんでくる。
 と、その時。
 スタスタスタ。横島たちの前を1匹の狐が横切っていく。途中、横島たちの正面まで来るといったん立ち止まり、ジロッと睨んだ……ような気がした。
「わ〜キツネさんだ〜」
 ひのめがトテトテと駆け寄ると狐は慌てて走り去っていく。
「この動物園じゃ狐を放し飼いにしてるのか? ん、狐? ……まさかな」
 事務所の同僚の顔がチラッとよぎり、冷たい汗を流す横島。いや、しかし、アイツがこんな所で何故狐の姿でうろついているんだ? それに今の狐は尻尾はひとつしかなかったし……。
「わう」
「……!」
 考え事をしている横島の足下に1匹の白い犬……
「わうわうわう!!」
 何か抗議をしているようだ。よく見ると、いや、よく見なくても頭に赤い毛が生えているのがわかる。いくら何でも明らかである。
「こらー、シロッ!! お前こんな所で何してるっ!?」
「きゃんきゃんきゃん!!」
 シロ……もとい犬、いや狼は走って逃げていった。
「……シロがいるってことはやっぱりさっきの狐はタマモか? 何であいつらがここにいるんだ?」



「危ないところだったわ。いくら子供相手でも、約束なんてしちゃったら大変よ。横島さんのことだもの、ホントにひのめちゃんが大きくなるまで待ちかねないわ……」
 茂みの影でひっそりと呟く長い髪の女性・氷室キヌ。もちろん、タマモとシロをさり気なくけしかけたのは彼女である。どこがさり気ないのかは聞かないでいただきたい。彼女なりに必死なのである。ちなみに決して「黒」ではないことをつけ加えておく。
 様子を窺っていると、横島はタマモとシロが現れたことに訝しげに首を傾げながらも、ひのめを連れて歩き出した。近くにいるサイ、カバ、フラミンゴの檻の前でちょこちょこと立ち止まりながら、少しずつ遠ざかっていく。
「タマモちゃんたち、何してるのかしら?」
 おキヌは遠ざかる横島たちを気にしながら独りごちた。タマモとシロが出て行ったきり戻ってこないのだ。
「次は何が見たい?」
「おサルさ〜〜ん!」
 そんな声もどんどん遠ざかっていく。
「このままじゃ横島さんたち見失っちゃう。……仕方ないか。あのふたりなら大丈夫よね」
 そう呟いておキヌはその場を離れ、横島たちの後について行った。何が大丈夫というのだろうか? 横島たちの尾行に必死のおキヌは気がつかなかった。後ろの方で騒がしい声が聞こえていることに。
「狐が檻から出てるぞーーっ!!」
「早く捕まえろっ!!」
「珍しい犬を発見しましたっ!!」
「直ちに保護しろっ! いいか、傷つけるんじゃないぞ!」



 サル、ゾウ、トラ、パンダなど、たくさんの動物を見て回って大満足のひのめは、「お兄ちゃん」との「初デート」にはしゃぎ過ぎて疲れたのか、今は横島の背中で可愛らしい寝息を立てていた。
 ちょうど動物園も閉館の時間。ひのめを負ぶって出口に向かう横島も、ひのめが楽しんでくれたことに満足の様子である。
「むにゃむにゃ……おにいちゃん、やくそくだよ」
 ふとひのめが洩らした寝言に苦笑する横島。一体どんな夢を見ているのだろう?
「約束……か。子供の言葉とわかっちゃいてもなあ。もし本気だったらどうすんだ? ひのめちゃんも何だかんだ言って美神さんの妹だし、美智恵さんの娘だし……。約束破ったら殺されるんじゃないか? あああっ、どうすりゃいいんだっ!?」
 割と真に受けて苦悩する横島であった。



「シロちゃんとタマモちゃん、一体どこに行っちゃったのかしら?」
 出口へと向かっていく横島たちのはるか後ろで、おキヌがキョロキョロと辺りを見回していた。
「お客さん、閉館の時間ですよ」
 動物園の職員がおキヌに声をかけて通り過ぎていく。
「あ、はい。……ふたりとも先に帰っちゃったのかなあ? だったら一言言ってくれればいいのに」
 寂しく溜息をついて、おキヌは夕暮れの動物園を後にした。



「うちの動物じゃないみたいだけど、ずいぶん珍しい種類だよな、この犬?」
 檻の中を眺めながら呟くのは動物園の獣医らしき男。
「ですから、拙者は犬ではなくて……」
「ふうむ、人間に化ける上に言葉を喋る犬か。興味深い、興味深いぞっ!! 絶滅危惧種だとすれば何が何でも保護しなければっ!!」
 興奮しきっている獣医。確かに人狼は絶滅危惧種と言えないこともない。
「拙者は、狼でござるっ! せんせええええっ!!」



「だから! あたしはここの狐じゃない……って言うか見てわかるでしょ!? あたしは普通の狐じゃないんだってばあああっ!!」
 人間形態のタマモが檻の向こうから叫んでいる。
「ああ、わかったわかった。狐はみんなそう言うんだよ」
 職員は大袈裟に肩をすくめながらそう言って取り合おうともしない。一体普段どんな狐を相手にしているのだろうか?
 と、タマモの周りに動物園の狐たちが集まってくる。
「ちょっと、離れなさいよ!? あたしはあんたたちの仲間じゃないんだってば! おキヌちゃん、助けてよおおおっ!!」



「むにゃ、おにいちゃん……」
 動物園は今日も平和であった。


     おしまい

Index

海外ドラマ
広告 [PR] 再就職支援 スキルアップ アルバイト 無料レンタルサーバー