バトルに生き、愛に生き


 目の前には、何も見えないくらいに大量の箱が積まれていた。視界を完全にシャットアウトするほどの箱の山は、ほんのちょっと(←ここ重要)小柄な男の頭よりかなり上まで伸びている。その底はどこにあるかというと、自分の両手の上だ。
「何をもたもたしてるの!? 置いていくわよ」
 ……。追い打ちをかけるように箱の向こうから女の声。
「てめえ、人に荷物持たせといてその言い草は何だ!?」
 男・伊達雪之丞はついに声を上げて抗議した。
「まあ! 男ならそれくらいは当然でしょう? 少しは横島さんを見習って欲しいわ。氷室さんがいつも言ってるわよ。横島さんは一言も文句を言わずにむしろ進んで持ってくれるんですって。少し悪い気がするくらいだって言ってたわよ」
「そりゃお前、持たされる量が違うだろっ!! おキヌはこんなにバカみたいに買い込まねえよ」
「バカと言ったわね!!」
 顔は相変わらず見えないが、箱の向こうから伝わってくる女・弓かおりの剣幕に雪之丞はたじたじになりながらも言い返した。
「……だ、だいたいお前は買い過ぎなんだよ!」
「いいじゃないの。あなたに払わせているわけではないわ!」
「そ、そうだけどよ……ってお前の金でもねえだろ!! ったく親の金使って……」
「つべこべ言わない。それより、バカなんて呼んでおいて、何も言うことはないのかしら?」
 かおりはいつの間にか隣に来ていた。腰に手を当てて怒りを表現している。
「あう……ごめんなさい」
 親友の横島たちが見たら笑い転げそうな腰の低さだ。
「よろしい。……あ、次はここに入るわよ」
 ニッコリと微笑んだかおりに雪之丞が見とれている間に、かおりは身を翻して店の中へすたすたと入っていく。
「あ、こら待て!」
 はあっと溜息をつき、雪之丞はかおりを追って店内に入っていった。



 結局、あの後かおりは更に三軒雪之丞を連れ回し、今、ようやく落ち着いてお茶を飲もうと喫茶店に入ったところだった。かおりの荷物をテーブルの周辺に下ろし、いろんな意味で疲れ切っている雪之丞。
(ったく、毎度ながら人使いの荒い女だぜ。こんなとこまで美神令子の真似することねえのに……。にしても俺もよく我慢してるよな。横島のこと笑えやしないぜ。これも惚れた弱みってヤツか?)
 対してかおりの表情は涼しいものだ。
 ほんの少し(←ここ重要)連れ回し過ぎたかしら、と顔には出さず反省しながら紅茶に口を付けるかおりは、ふっとひとりの男に気がついた。
 黒いブルゾンを着て、同じく黒のニット帽を被っているその男は、マスクにサングラスというとてつもなく怪しい出で立ちだった。風邪が流行る季節だ。そのためのマスクだと言ってしまえばそれまでかも知れない。男は窓際に座っているから眩しくてサングラスをしているのだと考えられなくもない。だが、しかし……誰が見ても怪しい……。しかも男は時々こっちを気にするようにちらちらと首を動かしているのだ。疑うなという方が無理というものである。
(何者かしら……? もしかしてお父さまの敵?)
 かおりの実家・闘竜寺は弓式除霊術の総本山である。その住職である父はGS協会の役員も務めている。きな臭い話だが、政治的な敵も結構いるらしい。とすれば、その敵が何らかの理由でかおりを狙っていると考えられないこともない。
(それにしても……あの格好でどうやってお茶を飲むつもりかしら?)
 そんなことが考えられるくらいに余裕があるのはやはり、雪之丞を信頼しているからこそであろう。あれだけ振り回してはいても雪之丞のことは本気で好きなのだし、その実力も信頼に足るものだと理解している。
 だが、そんなかおりの目に男が読んでいる冊子の表紙が目に入った時、かおりは思わず紅茶を噴き出しそうになった。
『最新版オペラ・ガイド』
(ま、まさか……)
 かおりの父は無類のオペラ好きである。そういえば父の体格と一致するような気もする。
「……おい、弓、聞いてんのか?」
 雪之丞の苛立たしげな声が聞こえて、かおりは我に返った。どうやらずっと呼びかけられていたようだ。
「え? あ、ちょっと考え事をしてたの」
「こんだけ人を連れ回して、挙げ句はひとりで呑気に考え事か? ったく、親の顔が見てみたいもんだぜ」
「見たいですか?」
「え?」
「何でしたら今すぐにでもお見せできるわよ?」
 ドキン! かおりの視線の先の怪しい男が硬直し、冷や汗をダラダラと流し始める。
「は?」
 男と反対側を向いている雪之丞には何のことかわからず聞き返す。
 かおりはクスリと笑って言った。
「冗談よ」



 次の週末のことである。珍しくかおりの方から呼び出された雪之丞は、言われた通りにスーツをピシッと着込んで待ち合わせの場所に向かった。
 雪之丞が待ち合わせの時間より5分早く到着すると、これまた珍しくかおりが既に来ている。その時、雪之丞の脳裏に喜びではなく言い知れぬ不安が浮かんだことはかおりには内緒である。
「よう、もう来てたのか。早かったな」
 平静を装って雪之丞が挨拶をすると、かおりはニッコリと笑って言った。
「こちらからお呼びしたんだもの。当然よ」
 その笑顔を見て雪之丞は真っ赤になった。この笑顔だ、これだからかおりから離れられないのだ、そう心の中で呟きながら。
「お、おう……で、きょ、今日はど、どこにい、行くんだ?」
 平静を装ったつもりで派手にどもりながら雪之丞は尋ねた。
「闘竜寺よ」
「……は?」
「親の顔が見たいと言ったでしょう?」



 そんなわけで今、雪之丞は僧服を着た堂々たる体躯の厳つい男の前で正座をしていた。闘竜寺住職、すなわち弓かおりの実父である。その鋭い眼光には、数々の修羅場をくぐってきた雪之丞でさえ緊張を隠すことができなかった。ましてや、自分は一人娘が連れてきた男なのだ。落ち着けという方が難しい。こういう場面に出くわしてみると、雪之丞も普通の男と変わるところがない。
 一方で隣に座っているかおりの方は平然としたものだ。前回のデートで父に尾行されていたことを知ったことが、雪之丞をここに連れてきたきっかけだった。どうせバレているのなら交際を認めさせてしまう方が良い。それに、毎回デートの度につけ回されるのではたまったものではない。
 石像のように固まって視線を泳がせている雪之丞を見て、住職が口を開いた。
「雪之丞くんと言ったかね、娘には許嫁がいる」
「え?」
「お父さま、そんな話は聞いたことがございませんわ!」
「当然だろう。話した覚えはない」
 あっけらかんと言ってのける住職。雪之丞に向かって更に続ける。
「わかってもらえると思うが、かおりは闘竜寺の一人娘だ。当然、娘の婿となる男には寺を継いでもらわねばならん。弓式除霊術を継ぐに値するのは、強い肉体と精神力を持った男だ。君にはその自信があるか?」
「もちろんだ……です」
「では、君に挑戦権を与えよう」
「は?」
 雪之丞の頭上に盛大に浮かんだクエスチョンマークも気に留めることなく、住職がパチンと指を鳴らした。途端に豪快なオーケストラ・サウンドが巻き起こる。
「な、何だ!? 何なんだ、いったい?」
 雪之丞は小声で隣にいるかおりに尋ねた。
「『トゥーランドット』よ。お父さま、プッチーニがお好きなの」
 かおりもひそひそ声で答えた。
「そ、そうか……ってそんなことを聞いてんじゃない! 何が起こるのかと聞いてるんだ!」
「さあ……」
「Popolo di Pekino! (北京の民よ!)」
(じ、自分で歌うのか!?)
 曲に合わせてバリトンで歌い出した住職にふたりとも声を上げたい気持ちを抑えて心の中だけで突っ込んだ。イタリア語の歌詞を理解していれば、北京って何だよ!? と突っ込んでいたかも知れないが、幸か不幸かふたりともわからない。なおも住職は「トゥーランドット」の冒頭部分を歌い続ける。ちなみに住職が歌っている歌詞を要約すると、
『トゥーランドット(中国の皇女)と結婚したければ3つの謎を解きなさい。でも解けなかったら死刑だからね』
ということである。今の雪之丞の状況を表しているつもりなのであろう。
 汗を流して熱唱し終わった住職を前に、ふたりはやはりひそひそ声で言葉を交わす。
「い、今の意味があったのか?」
「さあ……作者の趣味では?」
 ドキン! か、かおりさん……ナニをおっしゃいますか?
「というわけで、君にはかおりの許嫁と戦ってもらう」
(どういうわけだ!?)
 ふたりは再び叫びたい気持ちを堪えて心の中だけで突っ込んだ。



 所変わって闘竜寺の道場。何故か空手着姿の雪之丞が正座して座っている。向かいにはまだ誰もいない。横の方に厳粛な顔の住職と、不安げ……というよりは呆れ顔のかおりが並んでいる。
「では、雪之丞くん。かおりの許嫁を紹介しよう!」
 住職が厳かに宣言すると、またしても盛大に音楽がかかった。ワーグナーの「ワルキューレの騎行」である。雪之丞の知らない曲だったが、住職の隣に座るかおりは父のセンスを疑い始めていた。
 それはさておき、音楽と共に僧服を纏った青年が奥から現れ、雪之丞の正面に立った。背が高く端整な顔立ちである。小振りな頭はすっかり剃髪して青々しく光っている。
「鏑谷英二(かぶらや・えいじ)くんだ」
 住職が紹介すると青年は手を合わせて一礼した。



「ルールは無用。この道場にはGS試験と同じ結界が張ってある。どちらかが力尽きるまで存分に技をぶつけたまえっ!!」
 日本海の荒波を背景に、劇画調で叫ぶ住職。もはや親バカなのかバトル・バカなのかわからない。雪之丞とはかなり気が合いそうな気もする。
「うおおおおおっ!!」
 雪之丞は住職の叫びを聞くや霊気を集中して魔装術を纏った。
「はあああっ!! 翡翠明王っ!(←使い回し)」
 緑色に輝く鎧に覆われた体と霊力によって巨大化した2本の腕。更に今回はギャグ仕様なのか、手の先にはイタそうなかぎ爪まで備わっている。
「ハ●ゴッグみたいだな……」
 雪之丞は思わず呟いた。
「一緒にするんじゃないっ、失礼な!!」
 すかさず住職から抗議の声が挙がる。
(知ってるのか、ハイ●ッグ!?)
 またしても雪之丞は叫びたくなるのを堪えて心の中だけで突っ込んだ。ここにいるとツッコミだけは上達しそうだ。
 そんな雪之丞の気など知らぬ住職は立ち上がると言った。
「さて、準備はいいかね?」
「おうよ」
「いつでも結構です」
 ふたりはそれぞれに答えると身構え、相手をきっと睨みつけた。
「始めっ!!」



 雪之丞の霊波砲が決まり、鏑谷はどうっと床に倒れた。
「せ、せめて……少しくらい戦闘シーンを……」
 何やら呻いている鏑谷を一顧だにせず、雪之丞はどうだと言わんばかりに住職を見据えた。住職は苦虫をかみつぶしたような表情で小刻みに打ち震えている。雪之丞の挑戦的な視線に父が憤慨するのではないかとビクビクしているかおり。
「……気に入った」
「え?」
 かおりは口をポカンと開けて呆気に取られた表情で父親を眺めていた。
「気に入ったぞ、雪之丞くん! いや、婿殿と呼ばせてもらおう!!」
 一足飛びに雪之丞の下へ駆け寄る住職。途中、起き上がろうとしていた鏑谷を絶妙なローキックで蹴り飛ばしたことになど気づいてもいない。哀れ、鏑谷は反対側の壁に叩きつけられて目を回してしまった。
 住職は雪之丞の手を取るとギュッと握りしめた。その豪腕ゆえ、どちらかというと「握りつぶす」の方が近い気もするが、苦痛に歪んだ雪之丞の顔も、ボキボキッと穏やかでない音を立てているその手も、まったく気にならないほど住職は興奮しきっていた。
「それで、祝言はいつにするかね、ええ? 何なら今すぐこの場で……」
「お父さま! 私はまだ高校生ですわよ!」
 あまりの急展開にさすがのかおりも抗議の声を上げた。
「おう、そうだったそうだった。十六は過ぎているから別に問題はないのだが……ま、今のところは婚約くらいにしておくか」
 勝手に話を進めると、住職は雪之丞を連れて本堂へ向かっていった。
「おおい、あれを用意してくれ、あれを!」
 大声でそう叫びながら。
「あ、ちょっと、お父さま!」
 かおりも後を追うように道場を出ていった。
 道場にはピクピクと震えながら伸びている男がひとり、取り残された。



 修行僧の出で立ちをした雪之丞は闘竜寺の庭を竹箒でせっせと掃いていた。
 結局あの後、住職の妻が持ってきた「あれ」、すなわちバリカンで、住職自らの手によって綺麗に剃髪され、雪之丞の頭はすっかり涼しくなってしまっていた。
 後からやって来てその姿を見たかおりは、何の遠慮もなく死にそうなくらいに笑い転げてくれた。その後、寺に遊びに来た横島やタイガーたちも思う存分に笑いやがった。おキヌまでもが、『笑っちゃ悪いですよ〜』などと言いながらも必死で笑いを堪えているのがありありとわかった。おそらく魔理あたりが軽くつつけば、我慢できずにけらけらと笑い転げてくれただろう。
 とは言え、まあここでの生活が気に入らないわけではない。元(←ここ重要)許嫁の小僧は呆れるほどに弱かったが、住職はさすがに実力者で、闘竜寺が扱う除霊作業も高レベルのものが多い。元々、闘竜寺は密教の宗派であるため、修行もそれなりにハードで環境としては悪くない。こういうところで地道に修行つけるのもいいだろう。
 ツッコミのレベルも急上昇中だ。ん? ちょっとマテ、そんなものレベルアップしてどうするつもりだ?
 ……それはともかく、食事だって質素とは言え、今までの生活に比べればずっと充実している。一見すれば文句のつけようがない気もする。しかし……しかしだ。
「あら、雪之丞、こんな所にいたの?」
 後ろから飛んできた声に雪之丞ははあっと溜息をついた。
「何の用だ、かおり? 俺は今掃除中だぞ?」
「私のことは『お嬢さま』とお呼びなさいな。お買い物に行きますの。ついてきて」
 あっけらかんと言ってのけるかおり。
「……なあ、俺、何か前より立場が悪くなってねえか?」
 雪之丞は前々から思っていたことを口に出してみた。
「そんなことはありませんわ。あなたは私の婚約者。何かご不満でも?」
「いや、そうだけどよ……」
「でも今はこの寺の修行僧」
「やっぱ扱い悪くなってるじゃねえか!?」
 取りあえず突っ込んでみる。
「つべこべ言わない。早く着替えて支度なさい」
 一蹴された。いいのか、こんなことで……。
「だ、だから俺には修行が……」
「お父さまの許可は頂いてますわ」
「う……」
「そんな顔しないの、ね」
 雪之丞に顔を近づけてそう言うなり、かおりは雪之丞の頬に不意打ちのキスをした。
「……!」
「早く支度してね。待ってるわよ」
 そう言いながらかおりは玄関へ駆けていく。
 やれやれ、これだもんなあ。あの親娘にはこれからもずっと振り回されっぱなしなんだろうな、そう思いながらも悪い気はしない雪之丞だった。

おしまい

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