ボディコンと超能力と幽霊と


「皆本ぉ、映画連れてってくれよ。東野がすっげえ面白かったって言ってんだよ」
 ずるずるずる。
 紺のスーツに眼鏡という、実直を絵に描いたような青年の右足を両手で掴み、ショートカットの少女が引きずられている。少女の名前は明石薫。超能力支援研究局、通称バベル所属の念動能力者(サイコキノ)だ。
「薫、いい加減に離れろ! 今日は本部待機だって言っているだろ!? 今度の週末にでも連れて行ってやるから」
「薫ちゃん、やめなよ〜〜。皆本さん困ってるでしょ」
 棒読み口調で言うのは紫のベレー帽をかぶった少女・三宮紫穂。接触感応能力者(サイコメトラー)。
「そやそや。その映画、まだしばらくやってるはずやし、急がんでもええんちゃう?」
 こちらは青いベレー帽に眼鏡の少女・野上葵。瞬間移動能力者(テレポーター)である。
「何だよ、ふたりともいい子ぶりやがって! 流行ってのは早めにチェックしないと乗り遅れちまうだろ!?」
「……」
 皆本と呼ばれた青年は薫を引きずりながら何かを考えている様子だったが、やがて納得したという表情でぽつりと呟いた。
「ホラー映画か?」
「え?」
 不意の言葉に薫は動きを止めてきょとんとした顔になり、葵と紫穂はびくりと大きく体を震わせた。
「薫が観たいっていう映画、ホラー映画だろ。そうでもなければ、葵と紫穂が大人しくしているわけがない。薫と一緒になってせがむはずだからな」
 ふたりは、図星と言わんばかりの引きつった笑みで冷や汗を流している。以前、四人でホラー映画を観に行って真っ白に燃え尽きていたことがある。
「いいじゃん、葵と紫穂は来なきゃいいだけなんだから。あたしとふたりで行こうぜ」
「それはダメ!」
「そうや、そんなんあかん!」
 葵と紫穂の激しい抗議の声が上がる。その様子に薫がニヤリとほくそ笑んだ。
「何だぁ? ふたりともヤキモチか? でもなぁ、ホラー映画ひとつ観られないお子様じゃあたしの相手じゃないね」
「何やて!?」
「ホ、ホラー映画なんて子供騙しじゃないの! それくらいで大人ぶらないで欲しいわ」
「へえ、子供騙しならどってことないだろ?」
 薫の目が冷徹に輝いた。さながら獲物を追いつめる狩人の目つきだった。
「と、当然や!」
「し、仕方ないわね。そこまで言うなら……」
「ふたりとも、安い挑発に乗るんじゃない」
 いつの間にか席を外していた皆本が戻ってきて三人の言い争いを制した。
「何だよ、皆本。あと少しで墜ちたのに」
 薫が口を尖らせる。
「どのみち今日は映画に行く暇なんてない。たった今、任務が入った」
「今の薫ちゃんの気分にぴったりの任務かもしれないわね」
 皆本と一緒に部屋に入ってきたのはバベル局長秘書官・柏木朧一尉だ。
「えっ、もしかして映画館に立てこもった凶悪犯?」
「いくら映画館でも、それじゃ映画なんて観てる場合じゃないでしょ」
 薫が期待に満ちた声を上げるも、紫穂が冷静に突っ込んだ。
「でもそれやったら一体どんな任務なん?」
 言いながらも嫌な予感が止まらない葵である。
「今日の任務はゴーストスイーパー協会からの要請だ」


 見るからに陰気な廃ビルだった。コンクリートの壁は所々崩れ落ち、窓はガラスがきれいに残っている箇所を探す方が難しい。割れたガラスとコンクリートの破片がビルの周囲に散らばっている。清掃をする者もいないようだ。
「これは……いかにもな雰囲気やなあ」
 葵が溜息混じりに呟いた。
「面白そうじゃねえか。あたし、本物の幽霊って見たことないからさ」
 薫が心底楽しそうに言う。
「幽霊でもサイコメトリーできるのかしら」
 と紫穂。無表情を装っているが、唇の端が引きつっているのは隠しようもなかった。できないなら自分は役に立たないから帰らせて、言葉の裏にそんな響きがあった。
「あ、それ気になる。サイコキネシスで吹っ飛ばせるかな」
 薫が喜々とした表情で応じる。こちらは緊張感の欠片も感じられない無邪気な笑顔である。
「堪忍してや。ウチ、そういうの苦手なんや」
「バカバカしい。幽霊なんてものは子供騙しだよ。心配はいらない」
 車の駐車を済ませた皆本がそう言いながら近づいてくる。
 この雰囲気たっぷりの廃ビルは、海沿いに建っていることもあって、近隣の若者がドライブついでに肝試しにやって来るスポットだったという。元々はただの荒れたビルで、幽霊が出現するという噂は、あくまで噂に過ぎなかった。しかし、いつの頃からか、実際に幽霊が目撃されるようになった。すると、怖いもの知らずの若者たちが以前よりも多く訪れるようになったのである。何も起こらないうちはそれでもよかったが、ついに被害者が出てしまった。そして、ゴーストスイーパー協会が調査を行った結果、それがただの悪霊ではないことがわかったのである。
「超能力者の幽霊、ねえ……」
 皆本は目の前にそびえるビルを胡散臭そうに見上げながら呟いた。こんな場所に来る羽目になったのもGS協会からの要請を受けてのものだった。
「前々からゴーストスイーパーなんて商売、胡散臭いとは思っていたんだけど、どこからどう見ても普通の廃ビルだよ。幽霊なんていやしないさ」
 超能力という、一昔前には空想の産物と思われていた存在の研究、利用に携わる機関に所属する皆本だったが、基本的には現実主義者であり、幽霊などというものの存在を信じてはいなかった。
「何だよ、つまんないの。じゃ、めんどくさいからビルごとまとめて崩しちまう?」
 薫は言葉の通り、心の底からつまらなさそうに呟いた。その台詞に葵が同調する。
「そや、それがええ。こないなおっかないもんパアっと壊してしもた方が……」
「そういう物騒なことをさらっと言うんじゃないっ!!」
 皆本が大声でたしなめる。このチームではよくある光景だ。
「……そうでもないかもよ。よくわからないけど嫌な予感がするもの。ビルごと壊しちゃった方がいいんじゃないかしら」
 紫穂が笑顔を引きつらせながら言う。
「いい勘してるみたいだけど、ビルだけ壊しても無駄よ。それくらいで幽霊がいなくなるならこんな廃ビル、とっくに新地(さらち)になってるわ」
 四人の後ろから凛とした女性の声が聞こえてくる。振り返ると、そこにいたのは赤みがかった長髪を風になびかせる美女。21世紀の今日では時代がかってさえ見える露出度の高い服装だが、それを指摘する者は周囲にはいないのだろうか。
 とは言うものの、その圧倒的な存在感にバベルの面々は呆気に取られて言葉もない。
「だからボディコンはやめた方がいいって言ったんスよ。いくら久々の登場でも時代ってものがあるんですから。今時流行んないスよ、そんな格好」
 ノリの軽そうな男の声が聞こえてくる。たちまち、女性の表情に険が走り、凄まじいまでの威圧感が迸る。皆本たちはあまりの恐ろしさに後ずさった。
 次の瞬間、女性は目にも留まらぬ動きで背後にいた男を捕捉し、文字通り血祭りに上げた。常人ならば確実に致死量に達する出血っぷりで地面に倒れ伏す男。
「あたしに意見しようなんて千五百年早いのよ!」
 パンパンと両手の埃を払いながら女性が言った。
「よ、横島さん!」
 人の良さそうな巫女服の女性が、艶やかな黒髪を揺らしながら男に駆け寄り、介抱を始めた。普通に考えれば手遅れなのだろうが、彼の場合はそうでもないらしい。
目の前で繰り広げられる惨劇(?)をぽかんと口を開けて眺めていると、ボディコン美女が向き直った。
「あんたたち、唐巣先生の言ってたバベルの人たち?」
「え、じゃああなたが……」
 皆本がかろうじて問い返すと、女性は不敵とも取れる笑みを浮かべて言った。
「ゴーストスイーパー美神れ……」
「うわあ、このねーちゃんすっげー!!」
 衝撃の対面から解凍した薫が美神の言葉を最後まで聞かずにいきなり叫び出した。
「あのチチ、あのシリ、あのフトモモ! ああっ、いったい何食ったらああなるんだ!? しかもあの服。これはもう誘ってるとしか思えないっ!!」
 やっぱりか、というバベルの面々の溜息を背に薫が美神の方へと猛烈なダイブ(超能力つき)を敢行する。
「ちょ、何なのよ、このコ〜〜!」
 さすがの美神もその勢いに後ずさる。彼女にとっては見慣れた光景ではある。普段突撃してくるのは地面に突っ伏している横島。ところが今回は、その横島の兄妹かなんかかと思いたくなるくらいに同じ反応、同じ表情ではあるものの小学生の少女である。さすがにいつものように全力でシバくわけにもいかず、身を翻して逃げようとする。
「逃がさないよ〜〜!!」
 更に加速して美神を薫が捉えようとした刹那、いつの間にか復活を遂げた横島がこれまた神速の動きで薫の襟首を掴んだ。
「待てこら、いくらガキでもそれは許さんぞ! あのチチ、シリ、フトモモは俺のもんや!」
「邪魔するってんなら容赦はしないぜ!」
「望むところだ!」
 たちまちふたりは壮絶なバトルを開始した……かに見えたが。
「ぎゃあああああ!!」
 薫のサイコキネシスで地面に叩きつけられて絶叫する横島。
「薫、それくらいにしておけ。この人は僕と違って慣れてないんだ」
 皆本の制止に薫が渋々サイコキネシスの発動を止めた。ザ・チルドレンの力の片鱗を見せられ、美神が感心したように呟く。
「さすが特務エスパーってところね。あ、それから横島クン?」
「は、はい……」
 あっという間に復活した横島が立ち上がりながら答える。
「誰があんたのものですって?」
 美神がニッコリと微笑みながら手にした神通棍を振るう。鈍い音とともに横島が再び地面に突っ伏した。
「あっちの方が薫のより効いてるんとちゃうか?」
「手加減する必要なかったんじゃない?」


 気を取り直してお互いの自己紹介という段になったところ、薫と葵の二人が悪戯っぽい視線でさっと紫穂に目配せをした。紫穂はにっこり笑って横島に手を差し出した。
「バベル所属の特務エスパー、通称『ザ・チルドレン』の三宮紫穂です。よろしく」
「あ、ああ……よろしく」
 横島が何の疑問も躊躇いもなく紫穂の手を取った。
「『ちぇっ、今日は可愛い女の子と一緒の仕事だって聞いてたのに、張り切って来てみればお子様かよ』だって」
 紫穂が横島の心を読んで薫たちに伝えた。
「……」
「あれ、どうしたの、みんな?」
 何も反応が返ってこないことに紫穂が首をかしげた。
「いや、サイコメトリーで頭ん中読んだんはええんやけどな。この兄ちゃん、今の全部口に出して喋ってたで」
「誰がガキだって、このヤロー!!」
 薫の蹴りが横島の顎に炸裂する。


「話が進まないから、簡単に説明するわ」
 美神令子が咳払いしながら言った。その背後には血まみれの横島がぐったりと横たわっており、おキヌが必死に介抱している。
「この廃ビルにエスパーの幽霊が現れるってのは聞いてるわね」
「ええ。しかし、エスパーとは言え超度(レベル)は三でしょう。それくらいなら何もザ・チルドレンの出動を要請しなくても」
 皆本の問いかけを聞いて、薫たちは「何だ、超度三かよ」との呟きを漏らしている。
「確かに、生きた人間が相手なら超度三のエスパーくらい私ひとりでひねってあげるわ」
 美神は事も無げにそう言った。その後ろでは横島とおキヌが引きつった笑みで何度も頷いていた。
「でもね、怨念の強い幽霊だとそうはいかないの。生前が普通の人間だったとしてもちょっとしたエスパーくらいの力を備えてるケースは少なくないわ」
「ましてや相手は生前からのエスパー。推定に過ぎないけど君たちと同じくらいのレベルにはなってるんじゃないかな」
 横島がわざとらしくニヒルな口調で続ける。ガキに嘗められっぱなしではいけないと思ったらしい。
 ガツン!
「話の腰を折るな!」
 横島、またも撃沈。だが、バベルの面々も横島のゴキブリ並みの生命力に耐性が出てきたらしく、特に反応も示さない。
「ま、そんなわけだから少しは気合いを入れてちょうだい」
「質問があるのですが」皆本が手を挙げて前に進み出る。「その幽霊に薫たちの超能力は通用するのでしょうか?」
「さあ、それはやってみないとわからないわ。さすがのあたしもエスパーと共同作戦ってのは初めてなのよ」
「えすぱーの幽霊さんを除霊するのも初めてですしねえ」
 横島の回復を見届けたおキヌがニコニコ微笑みながら付け加えた。
「あ、それから」突入準備を完了した美神が釘を刺すように皆本を一瞥した。「幽霊の存在を信じたくないのはわかるけど、油断はしないことね。何かあっても私たちは責任取れないから」


 ビルの中は外見以上の荒廃ぶりだった。暴走族の溜まり場になっていたこともあるらしく、あちらこちらにカラースプレーの落書きが見られる。
 一階から順にフロアを見て回るが、今のところは異常なしのようだ。
 四階まで上ったところで薫がつまらなそうに呟いた。
「何だよ、何にも出てこないじゃん」
「薫ちゃん……」辺りをきょろきょろと見回しながらびくびく歩く紫穂が怪訝な声で呼びかけた。「何言ってるの、そこらじゅうにいるじゃない?」
「へ、そうなの?」
 薫がごしごしと目をこすって辺りを凝視した。が、やはり幽霊どころか猫の仔一匹見当たらない。
「紫穂、怖いこと言わんといてや。何にもいてへんやん」
 葵の顔が更に青ざめる。
「ふうん、サイコメトラーには見えるみたいね。確かにこのフロアは浮遊霊でいっぱいよ」
 美神がいかにも大したことではないという口調で言った。
「え!?」
 葵の表情が一段と険しさを増し、辺りを窺うように見回した。そんな話、聞かなければよかったと両手で耳を塞ぐが時既に遅い。
「心配ねえよ。このフロアの連中はとりあえず人畜無害なのばかりみたいだから」
「あ、こっちに手を振ってますね♪」
 横島とおキヌの二人も余裕の表情で美神の後をついていく。おキヌに至っては手を振り返してさえいる。皆本の目には虚空としか映らない方向ににこやかな笑顔で手を振るおキヌの姿は、微笑ましさよりもむしろ胡散臭さを感じさせるものだった。とは言うものの、この氷室キヌという女性がいもしない幽霊をでっち上げるような人間だとは思えなかった。幽霊などいない、そんな皆本の信念は少しずつではあるが、着実に揺らぎ始めていた。
 次のフロアへ向かう階段に差し掛かったところで、先頭を歩いていた美神が立ち止まった。ボリュームのある亜麻色の長髪が、風もないのにふわりと揺れた。
「この先にいるみたいね」射るような視線が真っ暗な階上を見据えている。「横島クン!」
「何スか?」
「ちょっと様子を見てきて」
 缶コーヒー買ってきて、そのくらいのノリだった。あまりにも自然な口調だったから横島も、
「はいはい」
投げやりに答えて階段を上り始めた。
「……って、そんなことさらりと言わんでください。いきなり何やらすんやああっ!!」
 さすがにそこまでお人好しではなかったらしい。
「だって、他に適任者がいないでしょ? ほら、横島クンなら万が一のことがあっても問題ないし」
「大アリっスよ! 死んだら化けて出るぞ、ちくしょーっ!」
 まあまあ、とおキヌが宥める。緊張感があるのかないのかわからないやり取りにどうリアクションを取っていいのかわからないバベルの面々だった。


 何だかんだ言って、他に斥候役に適した人間がいないのも事実だった。多用はできないが、横島には奥の手がある。ある程度は不測の事態にも対応できるはずだ。
「じゃあ行って来ますよ。荷物はここに置いときますからね」
 横島は背負っていた巨大サックを床に下ろし、階段の方へ向き直った。ところで、誰かが目と鼻の先にいてぶつかりそうになった。
「あ、わりい」
 横島は軽く会釈をして避けようとした……ところで至極当然な疑問がよぎった。今の誰だ? 首の骨がぎりぎりと軋むような音とともに、横島はゆっくりと視線を戻した。
 辺りを漂う無害な浮遊霊と異なり、あからさまに有害そうなおどろおどろしい外見の男(?)がそこにいた。
「……」
『……』
 横島は確認するように後ろにいる美神たちを振り返った。美神とおキヌのふたりは鋭い目つきで横島の先を見つめている。どうやらこの霊はバベルの面々にもきちんと見えているらしい。既に浮遊霊を見慣れてしまった紫穂と、強気な薫はそれほどではなかったが、葵などは今にも泡吹いて倒れそうなくらいだったし、皆本も信じられないといった表情で呆気に取られていた。
 うん、間違いない。
 出ちゃった。
「横島さん!」
 おキヌの叫びに弾かれるように横島は身をよじった。間一髪で悪霊が振るった腕をかわす。颯爽と、などという修飾語はどう頑張ってもつけようがないくらいにかっこ悪い避け方だが、そんな暢気なことを言っている状況でもない。
『ガオオオオオッ!』
 いつ聞いても気味の悪い咆哮とともに、流星拳もかくやと言わんばかりの勢いで攻撃が繰り出される。
「やっぱりかああああっ!」
 涙目になりながらも驚異的な瞬発力で悪霊の攻撃をかわし続ける横島。
「横島クン、どいて!」
 美神の怒声と同時に横島の頬を何かが掠めた。
「どわっ!」
 せめて撃つ前に言ってくれ、その抗議は言葉にはならなかった。
 目の前、美神の霊体ボーガンの射線上にいた悪霊の姿がふっと消えたのだ。的を外した矢だけが階段に突き刺さっていた。
「消えた?」
「テレポートか!?」
 皆本が叫び、辺りを探るように見回す。
「後ろ!」
 おキヌの声にザ・チルドレンの三人が振り返る。廊下の先にはホラー映画など比じゃないくらいのリアル幽霊が目をらんらんと輝かせて立っていた。もっとも、「立っていた」では語弊があるかもしれない。何しろ、その幽霊にはお約束どおり足がなかったから。
 と、床に散乱していた鉄パイプがふわりと浮き上がると、皆本めがけて飛来した。幽霊という存在をまだ受け入れ切れていない皆本は、呆然と立ち尽くすばかりだった。
「皆本、危ない!」
 薫が、次々と飛んでくる凶器をサイコキネシスで相殺していく。
「サイコキネシスまで……」
 皆本が唖然と呟いた。テレポートとサイコキネシスを同時に使えるエスパーなど、バベルの登録データの中にはないはずだ。しかも薫が片っ端から叩き落しているものの、少しずつ押されている。つまり薫と同等かそれ以上の超度ということだ。こんな芸当ができるのは皆本の知っている範囲では兵部くらいだ。
 あいつが死んだという話は聞かない。死んでてくれればそれはそれで嬉しいのだが。
 どうにも気に入らない気障な脱獄エスパーを思い出しながら首を振った。
「サイコキネシスだけに限って言えば、悪霊には珍しい能力ではないのよ。ただ、テレポートってのは並みの幽霊にできるものではないわね」
 そう言いながらも再び霊体ボーガンの狙いを定め、引き金を引いた。
 ふっ。
 矢が貫く前にまたしても悪霊は姿を消した。
「どこだっ!?」
「あ、あっち!」
 横島の叫びに応じるかのように、紫穂がある方向を指差して声を上げた。
「おキヌちゃん!」
「は、はい!」
 それだけの短いやり取りを交わすと、おキヌは懐から一本の笛を取り出して吹き始め、横島は紫穂の指差す方に向かって飛び出した。横島の右手から光が溢れ、剣のような形を取った。
 紫穂の指示通りの場所に悪霊が現れたが、突進する横島に気がつくと再び逃げようと構えた。しかし、おキヌの吹くネクロマンサーの笛に動きを封じられ、テレポートできずにもがいている。
「往生しろやあああっ!」
 横島が右手の光る剣を突き出す。刹那、悪霊の目が怪しく煌いたかと思うと、
「きゃっ!」
 おキヌの声が聞こえた。見ると、おキヌの手からネクロマンサーの笛が弾き飛ばされ、床に落ちて転がっていた。笛の音による束縛の網を抜けてサイコキネシスを使ったのだ。
 更に、おキヌの声に気を取られた横島には明白な隙ができていた。悪霊はそこを見逃さなかった。
 強烈な打撃が横島を襲い、横島は風に煽られたダンボールのように舞い上がり、そのまま床に落下した。
 そのままとどめを刺そうとする悪霊の鼻先に美神が牽制の矢を放つ。悪霊は動きを止めた。その一瞬に、葵がテレポートで現れると、横島を掴んで再び消えた。すぐさま薫と紫穂の隣に戻ってくるが、その場で真っ白に燃え尽きてしまった。一瞬とは言え幽霊の鼻先にテレポートしたことによる恐怖心が後になってやって来たらしい。紫穂が葵を、おキヌが横島を介抱する。
「美神さん!」
 皆本が美神に駆け寄り、何事かを耳打ちした。美神も話を聞きながら頷いている。
「薫、紫穂、手伝ってくれ」
 皆本は残りのふたりを呼び寄せた。
「おキヌちゃんも来て。横島クン、その子は任せたわよ」
 美神はおキヌに声をかけ、目を覚ました横島に気絶したままの葵の護衛を指示した。
 横島は黙って首肯すると、小さい珠をいくつか美神に放って寄越した。美神はそれをキャッチすると高らかに言った。
「さあ、いくわよ」


 相手をただ者ではないと見たのか、悪霊は首をかしげたまま様子を伺っていた。そして、人間たちが臨戦態勢で向き直ってくると、本能的に警戒を強めた。
 先に動いたのは美神の方だった。五枚の破魔札に念を入れると悪霊に向けて投げつけた。舞い広がった破魔札は、まるで意思を持つかのように動き、低気圧の渦に飲み込まれるように旋回しながら悪霊めがけて襲い掛かった。無論、薫のサイコキネシスである。
 そうはさせじと悪霊の目が輝き、破魔札がピタリと空中で静止する。見えない力が拮抗したまま押し合う。
 不意に薫がニヤリと笑みを浮かべると、握った拳から眩い光が溢れる。
「でりゃああああ!」
 一気に拳を突き出すと、均衡を失った破魔札が悪霊に吸い込まれていく。
 悪霊は咄嗟にテレポートで脱出した。
「そこ!」
 悪霊が出現するよりも早く、紫穂が虚空を指差しながら叫ぶ。美神がその方向に霊体ボーガンを放った。一瞬遅れてその場に出現した悪霊は、本能的に掻き消えた。しかし、出現先をことごとく紫穂に読まれ、無為にテレポートを繰り返すばかりとなった。
 横島が美神に投げ渡した文珠の効果だった。薫はサイコキネシスを増幅する『強』、紫穂には相手の動きを捉える『視』の文珠が与えられているのだ。霊能者と似て非なる存在である超能力者に効果があるかは確実性がなかったが、どうやら当たったようだ。
 更に、悪霊の動きが次第にキレを失い、追い詰められていく。おキヌが控えめに鳴らしているネクロマンサーの笛の効力だった。悪霊に気づかれて潰されることのないようにピアニッシモで奏でられる笛の音は、少しずつ霊体を蝕み、動きの自由を奪っていたのだ。
 やがて、飛来する矢をテレポートでなく単なる回避行動で逸らし始めた悪霊に対し、矢が急角度に旋回して再び襲い掛かった。
「そらそらっ、サイキック・ホーミング!」
 そして他の矢や破魔札までが悪霊を追い回し始め、避けきれなくなった悪霊をひとつ、またひとつと捉え始めた。
 苦悶の中、よろよろと逃げる悪霊の前に、美神が神通棍を構えて立ちはだかった。
「この世にどんな未練があるのか知らないけど、ちょっと悪さが過ぎたみたいね。この、ゴーストスイーパー美神令子が……」
 振り上げた神通棍が光を放つ。
「極楽へ行かせてあげるわ!」
 一刀両断。断末魔の叫びを残して悪霊の霊体は霧散していった。


 一仕事終えて外に出た時は、水平線の向こうに日が沈むかという頃だった。
「三人とも、ご苦労だったな。どうだ、映画にでも連れて行こうか?」
 皆本がザ・チルドレンを労う。
「今ならホラー映画くらい平気で観られそうな気がするわ」
 紫穂が溜息混じりに呟いた。
「でもアレの後じゃなあ。映画観てもつまらなく感じそうじゃん?」
 薫が紫穂の言葉に応じる。
 一方、最後の場面でずっと眠っていた葵はもじもじしながら言った。
「いや、やっぱりウチは苦手や……」
 途端に哄笑が巻き起こり、葵は一人顔をリンゴのように赤らめて俯いた。その様子を見て、フォローのつもりか横島が口を挟む。
「ま、今回のはともかく、相手によっては俺も未だに慣れないからなあ。ねえ、おキヌちゃん」
「そうですよね。今日の幽霊さんって見た目は割と普通でしたからね」
 普通じゃない幽霊ってどんなのだ? 皆本とザ・チルドレンの背筋がすっと寒くなった。
「正直、幽霊ってのが本当にいるとは思っていませんでしたよ。今回のことは勉強になりました」
 皆本が言うと、
「こっちもあんたたちがいて助かったわ。また何かあったらよろしくね」
 美神はそう言って四人に向かって軽くウィンクした。
「一生ついていきます、おねーさま!」
 薫が反射的に美神へ向かってダイビング(くどいようだが超能力つき)を行う。
「ああっ、俺も俺も!」
 そこへ横島も負けじと飛びかかっていった。
「あんたらは海に沈んどれ!」
 ハリセンっぽい何かが一閃すると、横島と薫のふたりが錐揉みしながら車道を越えて海へと消えていった。


     あとがき

 久々の新作アップとなりました。リクエスト内容は「GS美神」と「絶対可憐チルドレン」のクロスでした。
 皆本は現実的で幽霊を信じていないという設定にしましたが、これをもう少し活かせれば良かったかもと思いました。その辺が少し不完全燃焼気味です。
 基本的にはシリアス要素を廃し、ギャグコメディとして作りましたので、お楽しみいただければ幸いです。

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