キツネと着物と初詣


「ええっ!? 真友君に初詣に誘われた!?」
「ちょっと、声が大きい!」
 何事かと視線を向けた店員や他の客の目に映ったのは、少女二人が賑やかに話をしている光景だった。二人のうちの少なくとも一方は目を見張るほどの美少女だったものの、学校も休みに入った平日の昼間に中学生がこうして話の花を咲かせているのはさほど物珍しい光景でもなく、すぐに各々の関心事に戻っていく。
 行く年も残すところ一週間を切った冬休みのある日、タマモはクラスメイトの小田切あゆみと一緒に映画を観た後、近くのドーナツ・チェーンでお茶を楽しんでいた。その会話の中で、あゆみがタマモに初詣の予定を尋ねたことが始まりだった。
「真友君って、時々タマモちゃんに会いに学校まで来てる眼鏡かけた人だよね」
「ち、違うわよ。学校に来るのは高等部の鬼道先生のところで修業してるから。高等部の訓練施設を使わせてもらってるだけよ」
「でもタマモちゃん、真友君が来る時はいつも学校に残ってるよね。図書館にいったい何の用があるのかな? 言っちゃ悪いけど、本なんて読まないし、勉強も全然しないでしょう?」
「う……べ、別に真友君を待ってるわけじゃないわよ」
「ふうん、やっぱりそうなんだ」
 はっと顔を上げると、あゆみがニヤニヤと笑みを浮かべてタマモをじっと見ていた。
「……あ」
「タマモちゃんっていつも冷静なのに時々うっかりさんだよね」
 あゆみがくすくす笑いながらそう言った。こういう時の妙にお姉さんぶって見えるあゆみは正直、少しだけ苦手だった。
「ま、真友君がうちの事務所にも用があって寄ったりするから……つ、ついでよ、ついで」
「そっかあ。男の子と一緒に初詣かあ。いいなあ」
 タマモの言い訳じみた言葉をさらりと受け流し、あゆみが羨ましそうに呟いた。
「……だったら、あゆみも来ればいいじゃないのよ」
 タマモが恨みがましい目つきでぶっきらぼうに言うと、あゆみは苦笑しながら右手をはらはらと振った。
「ダメダメ。そんなことしたら真友君が可哀想でしょ」
「だ・か・ら! そんなんじゃないって言ってるでしょ」
 タマモはつんと拗ねてそっぽを向いた。
「あははは、ごめんごめん。予定がないならタマモちゃんを誘おうかなって思ってたんだけど、せっかくだから真友君と二人で行ってきなよ」
「ところでさ、タマモ。お前、着物とか持ってんのか?」
 唐突にそんな声が割り込んでくるが、タマモは驚きも見せずに呆れ顔であゆみのバッグを睨んだ。
「ムラマサ、あんたまたあゆみについて来たの?」
 タマモの呼びかけに応じるかのように、額に逆三角形の模様のついたハツカネズミらしき頭がバッグの隙間からひょっこりと出てきた。
「そりゃお前、俺はあゆみのナイトだからな」
「ムラマサ、出てきちゃダメよ。お店追い出されちゃうでしょ」
 慌ててあゆみが小声で苦言を呈するが、当のハツカネズミ、ムラマサは気にする様子もなく言った。
「大丈夫。他の奴らからは見えちゃいないって」
 ムラマサはある大学の研究室で極秘に開発されていた生物兵器だった。殺されて解剖されそうになったところ、研究室に火をつけて逃亡し、あゆみの家に転がり込んだのだ。追われる立場という境遇が似ているせいか、タマモとは憎まれ口の応酬をしつつも気が合う。
「そんなことより、どうよ? せっかく男と初詣に行くんだし、着物でビシッと決めようぜ。そうすりゃお前、あゆみと違って美人だからどんな男でもイチコロだって」
「あたしと比べることないでしょ! どうせあたしじゃタマモちゃんには敵わないわよ。だいたいあんた、そんなことばっかりどこで覚えてくるのよ」
「声がでかいぞ、あゆみ」
 思わず声を荒げるあゆみと冷静に嗜めるムラマサをよそに、タマモは天井を見上げながら考え込んでいた。
「着物かあ……。横島に頼むのもなんだか癪なのよねえ」
 そこで視線を感じてはっと顔を上げると、あゆみとムラマサがニヤニヤ笑いながらタマモを見つめていた。
「ち、違うのよ。真友君は関係ないんだから。せっかくのお正月だし、初詣だし、着物くらい着てみたいと思うのは自然なことでしょ」
 顔を真っ赤にして言い訳を試みるも、まるで説得力がなかった。


「どうやって横島に着物を買わせるかよね。直接頼むのは癪だし、やっぱりここはおキヌちゃんをダシに使って……そうすればきっとシロも尻尾振ってねだるはずだから、そこにうまく乗っかって……」
 あゆみたちと別れたタマモは、そんなふうに策略を巡らしながら住処となっている事務所へ戻った。
「あのバカ親。少しは実の息子のことも気にかけろっての」
 事務所の扉を開けたところで横島の忌々しげな声が聞こえてくる。
「ただいま。いったいどうしたの?」
 応接スペースに勢揃いしている事務所のメンバーに声をかけると、愛子がとっておきのニュースを持ってくるような笑顔で近づいてきた。
『タマモちゃん、いいところに帰ってきたわ。ほら、見て見て』
 そう言って、テーブルの上に広げられている物を示す。ところどころに花の柄がついた藤色の布地はまるで……。
「着物だよ、着物。親父とお袋がお前にって送ってきたんだ」
 タマモの考えの続きを埋めるかのように、横島が呆れ気味の口調で言った。
「私に……どうして?」
「どうしてって。お前、一応はうちの両親の養女ってことになってんだからな。忘れたのか?」
 もちろん忘れるわけがない。しかし、それはあくまで社会生活を送る上での便宜上のはずだ。横島の頼みを快く引き受けてくれた辺り、ずいぶん理解のいい両親だとは思ったのだが……。
「今になって娘ができたのが嬉しくて仕方ねえんだろうよ。ったく、いい歳して親バカかっての」
「これ、結構いい布ですよ」
 おキヌちゃんが藤色の着物を柔らかく撫でながら感心している。
「こんな高価なもん、実の息子の俺には買ってくれたことないのに……」
『そりゃ、やっぱり女の子だもの。可愛いがりたくなるものなんじゃない?』
 なんだか悔しそうな横島に、愛子が笑いながら言った。
「けっ、どうせ俺は可愛げがねえよ」
 横島が吐き捨てるように言うと、愛子やおキヌが声を上げて笑ったが、タマモは少し申し訳なさそうな顔をするばかりだった。
「……でも、こんなのもらっちゃっていいの?」
 うまく口車に乗せて横島に着物を買わせようと思っていたものの、こう、棚からぼた餅のように降ってくると戸惑ってしまう。
「親父たちも好きでやってんだから、人生初のお年玉だと思ってありがたくもらっとけ。あ、礼の電話くらいしとけよ。後で嫌味言われるのは俺なんだからな」
「……うん」
 素直に頷くタマモ。まだ電話でしか話したことのない横島の、いや、自分の両親に、早く会ってみたいと思いながら。
「ところで先生、拙者の分はないのでござるか?」
 唐突にシロがそんなことを言い出した。
「シロ、せっかくのいい雰囲気がぶち壊しじゃないか。もう少し察しろよな」
『本当よね』
 魔理と愛子がシロの肩を一方ずつ押さえながら呆れ返っている。ならばと、シロはくるり身を翻し、同意を求めるように訴えかけた。
「だってだって、魔理どのも愛子どのも着物、着たいでござろう?」
「あ、あたしは母さんの若い頃のお下がりがあるから」
『私もお給料貯めて買ったから持ってるわよ。事務所に住んでるとほとんど生活費もかからないし』
 共闘作戦失敗。両手両膝を床につき、ガーンという擬音語が見えそうなくらいにがっくりと項垂れるシロ。しかし、シロはすぐにはっと顔を上げ、おキヌに視線を向けた。
「え、私……?」
 困惑の表情を浮かべるおキヌ。どうやら魔理や愛子のような切り返しの言葉は持ち合わせていないようだ。
 意を得たり、シロはここぞとばかりにおキヌにすり寄っていく。
「おキヌどのは、着物欲しいでござるよね。ねえ、おキヌどの」
「え、あ、いや、私は別に……」
「わかった。わかったからあんまり見苦しい真似はするな。おキヌちゃんとシロの分は俺が何とかしてやる」
 シロの頭をがっしりと押さえながら横島が言った。ぱっと振り返ったシロの顔が喜びに満ち溢れる。
「本当でござるか、先生!」
「そんな……横島さん、悪いですよ」
「いいって。それくらいの甲斐性は見せなきゃ。おキヌちゃんにはずいぶんと助けてもらったしさ。……まあ、こんな高価なものは無理だけど」
 横島が笑いながら言うと、おキヌは赤くなりながら「ありがとうございます」と呟いた。
「だったらさ、私には横島から何かないわけ? ほら、可愛い妹にさ」
 タマモが悪戯っぽく微笑みながら詰め寄る。
「勘弁してくれ」
 横島の悲痛な声に事務所のメンバーが笑い声を上げた。


 そして元旦。
 約束の時間よりも早く待ち合わせ場所に到着したタマモは、着物に乱れがないか手鏡でチェックしていた。前世で藤原忠通の屋敷に上がる前に着ていた小袖と同じような感覚だったこともあって、さほど着付けに苦労せずにすんだが、転生後に着物を着るのははじめてだったから、少し不安だったのだ。
 よし、問題なし。タマモは満足げに頷いて手鏡を袂にしまい込んだ。
「タマモちゃん!」
 待ち人の声が聞こえ、タマモは軽やかな動きで振り返る。

タマモ年賀イラスト
イラスト:A-Z様

 黒のコートを羽織った真友康則が、はっと息を飲んで立ち止まった。
「明けましておめでとう、真友君」
 とっておきの微笑みでそう告げるが、少年からは何の返事もない。
「……真友君? ちょっと、真友君ってば!」
 タマモが真友の前でひらひらと袖を振って見せたり肩を叩いたりして呼びかけると、ようやく真友は我に返ったものの、タマモを見て顔を真っ赤にしてあたふたしている。何か言おうとしているものの、うまく言葉が出てこないようだ。
「真友君ったら、何か言うことあるでしょ」
 タマモが頬を膨らませて不満げな顔を見せる。
「あ、ああ……その……タマモちゃん、その着物、すごく似合ってるよ。あんまり綺麗だったから……」
 真友が絞り出すように呟いた言葉に今度はタマモが赤面する番だった。それこそボンッと音が立ちそうな勢いで真っ赤に染まる。
「そ、そうじゃなくて! お正月なんだから、会ったらまず言うことがあるじゃないの」
 タマモは林檎のような頬を隠すように俯き棘のある早口でそう捲し立てたが、やがて小声でぽつりと呟いた。
「……でも、ありがとう」
 二人が二人とも顔を俯けてじっと立っている横を初詣に向かう人々が次々と通り過ぎていく。不審げな目を向ける者もあれば、羨ましそうにニヤニヤと笑みを浮かべながら眺める者もあった。
「そ、そろそろ行かない?」
 タマモが恐る恐るといった感じで問いかけると、
「うん……そうだね」
 真友もこくりと頷いて顔を上げ、
「タマモちゃん、明けましておめでとう。今年もよろしく」
 今度ははっきりとした口調で言った。
「うん、こっちこそよろしく」
 タマモは輝くような笑顔で応えると、
「ほら、じゃあ神社に行くわよ」
 そう言って真友の手を掴むと、少し強引に引っ張って歩き出した。神様にお祈りすることを考えながら。


 今年もみんなと一緒に楽しい一年になりますように。


     あとがき


 皆様、明けましておめでとうございます。林原悠です。
 2009年一発目の更新は予告通り、元旦の決行です。A-Z様より賜ったイラストに、私、林原が僭越ながらショートストーリーをつけさせていただきました。くれぐれも、メインはあくまでイラストです。私の話などお寿司の脇のガリ程度にお考えください。
 この素敵なイラスト、他のGS系サイトにも贈られているそうですが、瞳の色がサイトによって異なるそうです。こちらに頂いたタマモは私のリクエストにより藤色の瞳にしていただきました。妖艶な感じがいいですね。きっと真友君もイチコロです。
 尚、このお話は拙作「極楽大奮戦!!」の設定に則って書いたものです。なので、原作終了時からは様々な変化、進展が起こっていることをご了承ください。
 それでは、今年一年が皆様にとっても素晴らしい一年となりますように。(2009/01//01)

Index

よろしければこちらから感想をお願いします。(任意の項目だけで結構です)

名前(ハンドルネーム)

メール(書いていただければ必ず返信いたします)

性別(秘密でもいいです)

男性 女性
年齢(秘密でもいいです)


読後の評価をお願いします


あなたはここの常連さん?


コメント(未記入でも可)


書き終わったら押してください→


海外ドラマ
広告 [PR] 再就職支援 スキルアップ アルバイト 無料レンタルサーバー