横島蛍子の苦悩

〜横島夫婦観察日記〜


 私のパパとママはとってもなかよし。
 友だちの雪くんや幽ちゃんの話では、うちはどうやらふつうじゃないらしい。雪くんのパパとママはいつもケンカばかりしてるし、幽ちゃんのパパとママはあんまりなかがよさそうに見えないんだって。
 でもたぶんそれはウソ。雪くんちのパパとママも、雪くんが見てないところではきっとなかよくしてると思う。そういうのをケンカするほどなかがいいって言うんだって。こないだ読んだお本にのってたわ。幽ちゃんちのパパとママも、幽ちゃんの前ではあんまりなかよくしてなくてもホントはとってもなかよしなの。きっと人前ではえんりょしてるんだと思う。
 でもやっぱりうちのパパとママはかわってるみたい。だって私の前でもいつもなかよしさんだし、ときどきケンカするけど、なかなおりしたあとは、いつもよりずっとなかよしさんなんだよ。パパとママがなかよしなのはうれしいけど、もうちょっと私にもかまってほしいかな。



 ごめんなさい。まだ自己しょうかいをしてなかったわね。私の名前は横島蛍子。六道学院小学校の一年生よ。なぜだかわからないけど、私は同じクラスの友だちよりも頭がいいらしいの。ほら、まだ学校で習ってない漢字だってちゃんと書けるんだよ。エライでしょ?
 さっき言った雪くんと幽ちゃんは私の小さいころからの友だちで、ふたりとも同じ学校の一年生なの。幽ちゃんは同じクラスだけど、雪くんは別のクラス。でもよく私たちのクラスにあそびに来るのよね。
 幽ちゃんはね、幽佳(ゆうか)ちゃんって言うんだ、ホントはね。おばあちゃんは私たちの学校のりじ長なんだって。でもりじ長って何をする人なのかなあ。幽ちゃんのパパは、うちのパパとママがときどきおつとめしてる高校の先生をやってる。かみが長くてかっこいいパパだよ。でも私のパパの方がかっこいいかな。
 雪くんはね、雪生(ゆきお)くんって言うの。おうちはとうりゅう寺っていう大きなお寺で、雪くんのパパは私のパパの親友なんだって。ちょっとせが低くて、こわそうなんだけど、やさしいパパだって雪くん言ってたわ。こわいのはママの方なんだって。でもうちもそう。おこった時のママはとってもこわいの。パパがおこったところはあんまり見たことないし。



 パパとケンカをする時のママはとってもこわい。パパはほとんど何も言わないでママにおこられているだけだし、おしおきされることもある。こないだはおうちのベランダからロープでぐるぐるまきになってさかさづりにされてた。お客さんをなんぱしたんだって。「なんぱ」ってね、船が沈んじゃうことなんだよ。お本で読んだからまちがいないの。お客さんの船が沈んじゃったのかな? もしかしてパパのせい?



 こないだ、私がパパと学校のことをお話しながら夕ごはんを食べていたの。そしたら2階からドンドンドンって足音が聞こえてきて、ママがおへやに入ってきた。ママはすごくおこってる。左手に何か白いものを持ってて、右手には……ほうちょうを持ってた。あのほうちょうはね、シメサバ丸っていうのよ。
「あなたっ!! これは何ですか!?」
 ママはそう言いながら右手をパパの顔の前に出した。
 ……ママ、それほうちょう。
 パパはいきなり目の前にほうちょうが出てきてビックリしちゃって、まっ青になってふるえてる。
 ママはあわてて右手を引っこめると、左手に持ったものをさし出した。パパのシャツだった。よく見るとはしっこに何か赤いのがついてる。口べにのあとみたい。あ、私それ知ってる。確か……
「ねえねえ、それキスマークっていうんでしょ?」
 私はちょっと聞いてみた。こないだテレビでおぼえたことばだったから使ってみたかっただけなんだけどね。
 でも、私がそう言ったら急にママはニッコリとわらったの。でもそのママの顔を見てパパはなぜかさっきよりもブルブルふるえはじめた。
「これは何ですか?」
 ママはしずかにさっきと同じしつもんをくり返した。右手のほうちょうがふるえてる。
「あ、いや、あの、その、それは……」
「この香水の匂いは美神さんのですよね?」
 ニッコリとわらったままパパにそう聞いてるママだけど、パパの顔はどんどん青くなっていく。
「だ、だから今日は美神さんと共同の仕事だったからさ……」
「そんなことはわかってます!!」
 わらってたママの顔がいきなりものすごくこわい顔になって、右手のほうちょうをパパの目の前のテーブルにつきさした。ママの顔は幽ちゃんのおうちで見たおめんみたいだった。たしか「はんにゃ」っていうおめんだったわ。こわいママは見なれてるけど、これはさすがにゆめに出てきそう……。
「ひいいいっ!!」
 パパはビクッとふるえて小さくなっちゃった。ちょっとかわいそう。でも美神のおばちゃんと何かママにおこられるようなことしたのかしら?
 プルルルル。その時、おうちの電話が鳴ったの。
 パパがにげるように電話の方に行こうとしたら、
「私が出ます!」
ってママが言って、ほうちょうをテーブルにつきさしたまま電話の方に歩いていった。
 私はパパに小ごえで聞いてみた。
「パパ、美神のおばちゃんと何かわるいことしたの?」
「パ、パパは何もしてない、何もしてないぞ……」
 ガクガクふるえながらそう答えるパパ。
 美神のおばちゃんは、本当は『西条令子』っていうんだけど、パパもママもいつも『美神さん』ってよんでるから、私も『美神のおばちゃん』ってよんでる。ときどきパパやママといっしょにおしごとすることもあるみたい。



「もしもし……あら、美神さん」
 ビクッ! パパがおばちゃんの名前を聞いたら急にとび上がった。
 ……やっぱり何かいけないことしたんじゃないの?
「パパ?」
「何もしてない、何もしてないぞ……俺は無実や」
 あいかわらずガクガクふるえながらパパはそうくり返している。
「……そうだったんですか。どうもわざわざ。はい、そう伝えておきます。じゃあまた」
 ママはそう言って電話を切った。パパはまだふるえているけど、こっちを向いたママの顔はすごくきれいなえがおだった。やっぱりママってきれいだな。私も大きくなったらあんなふうになれるのかな。……パパはまだふるえてるけど。
「忠夫さん♪」
 ママのやさしいこえにパパはビクッととび上がった。
「は、はいっ!!」
「今日、美神さんに抱きついたんですってね?」
 私はパパの方をジトッと見つめてあげた。やっぱり……。
「あ、あの、それは……あの、美神さんが悪霊に狙われてて危ないところだったから……その……」
「美神さん、おかげで助かったって言ってました。恥ずかしくてお礼が言えなかったから電話したんですって。『ありがとう』って言ってましたよ♪」
 そう言うとママはすまなさそうにわらった。
「へ?」
「もう、どうして初めからそう言ってくれなかったんですか?」
 ……いや、ママ、パパの話聞こうとしてなかったし。
「疑ったりしてごめんなさいね、あ・な・た♪」
 ママはそう言ってパパにぎゅうって抱きついた。
「おキヌ……」
 それからママとパパはチュッてやってそれから……。
 もう! むすめの前で少しくらいはえんりょしてよね。
 タマモおばちゃん、こういう時に何て言えって言ってたんだっけ? えっと、えっと……そうだ、思い出した。
「ごちそうさまでした」
 私はそう言って食べおわったお皿を台所にとことこと持って行った。あれ? そう言えば今日はタマモおばちゃん、夕ごはん食べないのかしら。またねてるのかなあ。それともでーとかしら?



 パパによればママは「やきもちやき」なんだって。あ、やきもちっておいしそうなんて思ってない? ちがうんだよ。やきもちって食べ物じゃなくてね、ええっと、ええっと……よくわかんないけどパパがほかの女の人に話しかけたらママがおこることなの。でもパパはこう言ってたわ。
『ヤキモチ焼くのはね、それだけパパのことが好きだからなんだよ』
 大人ってよくわかんない。パパはいじめられてよろこんでるのかしら?
 でもケンカしてなかなおりした時って、夜中にパパとママのへやからママの大きなこえが聞こえてくるの。ときどき苦しそうに聞こえることがあるんだけど、パパがし返ししてるのかしら? ううん、あれはママがいじめられてるんじゃないの。私にはちゃんとわかってるんだから。だって、そういう時のママっておへやにもどる前はすごくあまえんぼさんなんだもん。愛子おばちゃんに聞いたら、『青春よ』って言ってた。
『せーしゅんって何?』って聞いてみたら、愛子おばちゃんは、
『大きくなったらわかるわよ』って言って教えてくれなかった。
 だからタマモおばちゃんに教えてもらったの。
 こんばんもママのこえで夜中に目がさめちゃうのかな、なんてかんがえながら、二階に上がって自分のおへやにもどった。私は弟がいいな♪



 これはべつの日のお話。
「こんにちは〜〜」
 おうちにはパパやママのお友だちがたくさんあそびに来る。ほとんどパパやママと同じごーすとすいーぱーっておしごとをやっている人たち。その中でもよく来るのが幽ちゃんのママの冥子おばちゃん。愛子おばちゃんから聞いた話なんだけど、冥子おばちゃんはむかしうちのママとパパを取り合いっこしたんだって。
「あら、冥子さん、いらっしゃい」
 ママがげんかんに出て行って冥子おばちゃんにあいさつした。
「けいちゃん〜〜こんにちは〜〜」
 あ、今日は幽ちゃんもついてきたんだ。おうちが急ににぎやかになる。
「もう、何よ。せっかくの日曜日なんだからゆっくり休ませてよね」
 そう言いながら2階から下りてきたのはタマモおばちゃん。すっごい美人なんだけど、今はねおきできれいなかみが全部上向きになっちゃってるの。ぼーいふれんどが何人もいるらしいけど、ちょっとこんなかっこうは見せられないわね。
「あ〜〜キツネのおばちゃんだ〜〜」
「……!!」
 幽ちゃんがうれしそうに言って走り出した。タマモおばちゃん、急にこおったように動かなくなる。
「……蛍子、あたしもうしばらく寝るから、おキヌちゃんに昼ご飯要らないって言っといて」
 そう言って回れ右して階段を上りはじめようとしたんだけど、幽ちゃんがすぐにタマモおばちゃんにとびついた。幽ちゃんはタマモおばちゃんが大好きなの。でもタマモおばちゃんは幽ちゃんがちょっとにがてみたい。
「ね〜〜キツネのおばちゃん〜〜いっしょにあそぼうよ〜〜」
「失礼ね、あたしはまだおばちゃんなんて言われる歳じゃないの。せめてお姉さんって呼びなさい。ちょ、ちょっと、離れなさいってば!」
「キツネのおばちゃん〜〜あそんでくれないとわたし、わたし〜〜」
 幽ちゃんがべそをかき始めた。
「わ、わかった! 遊ぶ、遊んであげるから、お願い、泣かないで!!」
 自分がなきそうなこえになりながらタマモおばちゃんが言った。幽ちゃんがなくと式神っていうのがあばれだしてたいへんなことになっちゃうの。一回、タマモおばちゃんが幽ちゃんをなかせちゃって、おばちゃんは大けがをしちゃった。
『さすがの私も殺生石に逆戻りかと思ったわ』
 タマモおばちゃんはそう言ってた。でも「せっしょーせき」って何だろ?
「わ〜〜い、キツネのおばちゃん、大好き〜〜♪」
 幽ちゃんとってもうれしそう。



「そう〜〜横島クンはお仕事に行ってるのね〜〜」
「そうなんですよ。もうすぐ帰ってくると思いますけど」
 そんなふうにおしゃべりしながらママと冥子おばちゃんがろうかをあるいてきた。タマモおばちゃんがママに言った。
「ねえ、あたし疲れてるからもう少し休みたいんだけど?」
「夜遊びばかりしてるからよ」
 ママはあっさりとそう言って通りすぎていった。冥子おばちゃんは立ち止まってていねいにおじぎしながら言った。
「タマモちゃん〜〜幽佳をよろしくね〜〜」
「はあ……こんなことなら横島の手伝いに行くんだったわ」
 タマモおばちゃんが小さなこえでそう言ったら、幽ちゃんのかげから何かがとび出した。
 シャキン! タマモおばちゃんの首のあたりに式神のアンチラちゃんの耳が止まってる。あの耳って何でもよく切れるのよね。
「うちの子とは遊べないって言うの〜〜?」
 冥子おばちゃんがニッコリとわらったままそう言ったら、タマモおばちゃんはまっ青になって頭をよこにふりはじめた。
「よ、喜んで面倒見させていただきますっ!!」
「じゃあお願いね〜〜。今度美味しいお寿司屋さんでお稲荷をたくさん食べさせてあげるわね〜〜」
 タマモおばちゃん、いつもならそれでゴキゲンになるはずなんだけど、さすがにちょっとむりみたい。ため息をついて、幽ちゃんをせなかにぶら下げたまま階段を上りはじめた。私もそのあとについて行った。



「ただいま〜〜」
 私がおへやで幽ちゃんとタマモおばちゃんといっしょにあそんでいたら、パパのこえが聞こえてきた。おしごとから帰ってきたみたい。
「パパ〜〜」
 私はおへやを出てげんかんに向かった。
「けいちゃん〜〜まってよ〜〜」
 ポテッ。幽ちゃんも私のあとを走り出したみたいだけど、つまずいてころんじゃった。私はその時は気がつかなくって、そのまま階段を下りていったの。
「あなた〜〜♪」
 ママは私よりも先にげんかんに出て行くと、パパに抱きついて言った。
「ただいまのキスは?」
 チュッ。それからパパが言った。
「お帰りなさいのキスは?」
 チュッ。
「ねえ、パパ〜〜パパ〜〜私にもただいまのチュウ! ねえってば〜〜」
 私はパパたちのまわりをとび回りながらおねだりしたけど、パパもママもぜんぜんはなれようとしないの。もう! そんなことばっかりしてるから、美神のおばちゃんやかおりおばちゃんから「ばかっぷる」って言われるんだよ。
「もう! パパもママも大っきらい!! グレてやるんだから!」
 そうさけんでへやにもどろうとしたら、冥子おばちゃんがろうかの向こうに立ってるのが見えた。ほら、お客さんも見てるんだから、ちょっとはえんりょしてよ、パパ、ママ。
「いいなあ〜〜。私も〜〜マーくんにおねだりしてみようかしら〜〜」
 冥子おばちゃんまで……。私なんだかつかれちゃった。
 ドッカーン!!
 二階からものすごい音がした。あ、いけない。幽ちゃんわすれてた。
 あわててみんなで二階に上っていったら式神があばれてた。冥子おばちゃんが何とか式神を元にもどしたんだけど、タマモおばちゃんはボロボロになっておへやにたおれていた。
「グレてやる……グレてやるわ……」
 それだけ言うとタマモおばちゃんはキツネにもどってのびちゃった。
 じゃあタマモおばちゃん、私といっしょにグレてみる?



 うちのパパとママってこんな人。ふたりでチュウしはじめたらぜんぜん私のことかまってくれないんだけど、いつもはとってもやさしいパパとママなんだよ。だからパパもママも大好き♪

おしまい

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