風になれ!(3)

作:AC04アタッカー

−機械を設計図の通りに作り上げる−

それは当たり前の事の様に思えるが世にある工業製品は……
実はこれはある許容差を持たせた
“限りなく設計図に近いもの”
でしかない。
機械に限らず人間が創り出す物、作り出す物、造り出す物それら全てはパーフェクトではないのだ。

だからこそ設計図には寸法公差というものが存在する。
指定寸法プラスマイナスいくつという指示の仕方をしているのだ。

−机上プラン通りにはなり得ない−

その不可能を限りなくパーフェクトに近づけることが出来る者を
“天才”
と呼ぶのだが……

それは測定誤差の収束や、奥まっていて見えない部品の状況把握を
天性の感覚で補う事の出来る者の呼称である。

では剣はどうだろう?

霊魂。

もはや物質ではなく、いうなれば“イメージの固まり”の状態である。

『あ、なるほどねぇ〜♪ 混合気は吸気流路の中をこんな感じになって流れるんだ♪』

『ほうほう! ……ん? 微妙に締め付けトルクが狂ってるのかな?クリアランスが……』

車体に頭を突っ込んでいた剣は要領を得たのか人の形を解いた。
そしてバイクのあらゆるところを自らの肉体のように知覚・認識し始めた。

「マイクロスコープでさえ見る事の出来ない部位でも、
 極上のセンサー以上に鮮明に捉えることが出来るって寸法だ」

我が意を得たりと言わんばかりにキーボードを連打しながら説明する。
今の剣は意識体で無形の存在である。
手の入らない部位を含め、
必要であればあらゆる部位をどんな計測機器よりも正確で確実に認識できるのだ。

何処まで締め付けるべきか?
どれだけ位置をずらすか?

それらをリアルタイムで指示できるのだ。
少なくとも組み立て精度はどんな天才メカニックよりも正確に出来るはずだ。

「まさかこんなに上手くいくとは……」

人工幽霊壱号の例があるとは言え、ここまで“馴染む”とは思ってなかった。

『とは言っても、ROMのデータ修正なんかは俺には無理ッスねぇ』

剣は機械を認識できても、データについては駄目な様だ。
とは言っても、物理現象についてはほぼ全てをカバーできそうだ。
龍一は手を止め、タバコに火をつけた。

実際にエンジンが動いていないと入力されないデータを直接入力していた様だ。
理論値に、今までの経験からくる感による補正を加えてのものだ。
ふーッと紫煙を吐き出し……

「“データは”だろ?その為に俺がいるんだ。取りあえず忠夫は剣の言うとおりに手を動かせ。
 分からない所はどんどん聞いて覚えていけ。さて、差し当たって剣に聞きたいのは……」

吸気流速が云々、この状態での排気脈動云々といった、横島にはまだ難しい話を剣と始めた。
シミュレーションをより実働状態に近付ける為の算段だ。

「なんかミニ4駆の時を思い出すなぁ」

目を爛々と輝かせて未開封パーツの梱包を解いてゆく。
かつて横島は浪速のペガサスと呼ばれていた事がある。
3年連続でミニ4駆のチャンピオンに輝いたのだ。
そしてそれは一部の間で今も語り継がれる伝説でもある。
その浪速のペガサスが三連覇を成し遂げた影の功労者は、誰あろう龍一なのだ。

−最高のセッティングはあっても最強のマシンは存在しない−

それを教えたのも龍一だった。

短絡的に結果を求める“横島少年”に、バランスの重要性を説き、時には実験で目に見える形で説明した。
横島には自覚が無かったのだが、それらは流体力学や材料力学といった高度な理論に基づくものだった。
ミニ四駆の走行速度下に於ける気流の視覚化をドライヤーと線香で行い、
応力の集中・分散を乾パスタで作った通天閣で見せた。

その結果、必要な剛性は確保したままでとんでもなく軽いシャシーに仕上がった。
その究極の軽量化によって失われた高速安定性をエアロダイナミクスの導入という
およそ小学生とは思えない技術で補い、雪之丞のプテラノドンXに勝利したのだ。

当時既に航空学生として空力を学んでいた事になっている龍一。
遊びに関しては人並み外れたセンスを発揮する横島。
それに加えて己の欲求によって現世に留まり続けている元・新進気鋭のメカニック、剣。
なぜ遊びにそこまで没頭するのか女性にはとても理解できない。

『はぁぁぁぁ……』

呆れてため息が漏れる。

『そういえばおキヌちゃんに聞いた事があったけど、つまりこういう事ね』

かつて美神令子は「少年と男の違いはおもちゃの値段だけ」と言い切り……

バカ以外の何者でもないわね!」

と評した。

約一名、人ではないモノがいるが……
確かに大の大人が3人も雁首揃えて

“ああでも無いこうでも無い”

と言い合う姿は子供と大して変わりは無い。
一応“仕事”ではあるのだが、その雰囲気は子供が流行の遊びについて騒いでいるのと同じである。
いや、龍一にとっては仕事でもなんでもなく趣味以外の何物でもない。
いくら官庁廻りのついでとは言え、それが終わったらさっさと帰隊すべきなのだが

これを「バカ!」と言わずして何と言うのであろうか……

『うーん、何て言うかこんな青春私は嫌だわ……』

ビル内であれば本体の机から離れて動き回れる愛子がボソリと呟いた。
ちょっと様子を見に来ただけだったのだが、一種独特の雰囲気に少し引いてしまった様だ。
所詮、男の趣味は女性には理解して貰えないものである。

「お、愛子ちゃんか。ちょうど良い所に来たね。高槻のおやっさんから“贈り物”だよ」

愛子に気付いた龍一が先程のダンボールを持ち上げて見せる。

「あの店はグッズ類も出しててね、被服類は結構人気商品なんだ」

『え? 私に!? いや〜ん♪ 会った事も無い男性から服を送られるなんて青春だわ!!』

「……いや、一応事務所の女の子5人全員にだそうな。青春かどうかは知らないけど」

『なーんだ。で、どんな服なんですか?』

「直接見た方が早くないかい? それより、試着してサイズが合わないようなら
 早めに言って欲しいそうだ。合うサイズの物と取り替えるってさ」

高槻からの伝言を伝える。
どうも何か企んでる様子の高槻だったが、龍一は特に興味を示さなかった。

「じゃあ忠夫、俺は一旦事務所に荷物を置いてくるから。それと……」

意地の悪い笑みを浮かべて剣に声をかけた。

「壁ぬけ出来たり“機械に同化”出来るからって、着替えを覗くなよ?」

「『ギクッ!?』」

剣だけではなく横島も仰け反った。

「……おいおいおい」

呆れる龍一に愛子は悪戯っぽい笑みで話し掛けた。

『あら、杉山さんはそういう事しないんですか?』

「愛子ちゃん達くらい可愛かったら覗いて見たい気もするけどさ……」

ジトーッとした目付きでのけぞって慌てている二人を睨む。

男としてやっちゃイカンだろ

「『ぐはッ!』」

似たもの同志の分かりやす〜いリアクション……

『まぁ! 可愛いだなんて♪ これは羊羹は厚めに切らなきゃいけませんね〜♪』

紳士なんですねーと言いながら愛子は口元に手を当ててクスクスと笑う。
最近は営業スマイルも板についてきた。
ちなみに、剣と横島はなにやらうずくまってブツブツと呟いている。

「さて、そこで固まってるアホどもはほっといて……。行こうか?」

ダンボール箱を抱えると愛子を促して上へ上がって行った。
その後、忠告にもかかわらず地下から一直線に事務所に上った剣の首元に……
シロ会心の霊波刀が突きつけられたらしい。



その後幾日かが過ぎ……

単独除霊時はバイクに慣れる為という事でワスプから借りてきたバイクで現場に赴くという事を繰り返した。
その間 −トライアルまで− には一度もエンジンに火を入れぬままで作業を終えた。
だが、その限られた条件の中で横島と剣は己の出来うる限りを尽した。

いよいよ明日が本番である。

予定では龍一も個人参加するとの事でもうじき自らのバイクと共に現れるはずだ。

「しっかし、なんてーか派手さに欠けるなぁ。
 アタシはもっとこう……ドカーンでバキューンでズドーンなのがいいんだがなぁ」

具体的に言うとカウルはもっと上を向いてて……等と
走りを極める方向とは異次元の世界へ話が飛び始める魔理。
彼女は別にる種の人ではないが、趣味趣向はそっち方面の気がある。
除霊時のスタイルが“特攻服”というのがそれを端的に表している。

「『はははは……』」

横島も剣もあえて突っ込みはしなかった。

そうこうしてる内に龍一もバイクに乗って事務所に駆けつけた。
同じ“CB”の名を冠する二台のバイクが並んで佇む。

CBR-900RR

ファイアーブレードという二つ名を持つマシン。
現在は更にスープアップされたCBR-954RRが出回っているが、
今なおその速さは“炎のツルギ”の名に恥じないものだ。
ちなみにCBR-954RRは海外で先行発売され、国内販売は来年からとなっている。

その二台を軽トラックの荷台に積み込むとタイダウンで固定し、
明日の為に借りてきたワゴン車に工具類を詰め込む。

「さて、後は向こうで実際にエンジンを叩き起こしてからだな」

龍一の言葉で締めくくりその日は解散となった。
明日はいよいよ決戦だ。

「何だか燃えてきたよ」

横島は除霊の時に感じる緊張とは異質の感覚を楽しんでいた。

「さぁて、またお札ベタベターのうえに怪しさ大爆発(一般人視点)のカバーを被って貰いましょうか」

バイクにお札を貼り付けて特製カバーを被せると、ビルに張ってあった結界を解いた。




−栃木県某所−
トライアル会場


キュカカカカ……


ピストンの下降により大口径のファンネルが貪欲に大気を貪る。

エアフロメーターが吸い込まれた大気の量を正確無比に検知し、
燃料ポンプがインジェクターに最適量のガソリンを圧送する。

インジェクターから噴射されるガソリンと大気の混合気がスライドバルブによって流量を調整され、
インテークマニホールドを経由してシリンダーに流入する。

最下点まで降下したハイコンプピストンがすぐさま上昇を始め、インレットバルブが閉じる。

上昇するピストンが上死点に到達する直前、CPUに制御された高電圧がハイテンションコードを駆け、
シリンダーヘッドのレーシングプラグがスパークする。

限界まで圧縮された混合気に点火、そのエナジーを解放。


文字通りの爆発!


急激な燃焼によって得られた圧力が今までの抑圧を逆に押し返す……



ドフォン!




CB改が目を覚まし、その咆哮は大気を振るわせた。
エンジンに火が入るのと時をほぼ同じくして、完全武装の横島がワゴン車から出てきた。
いつものGジャンにGパンでは、この最高速トライアルに挑むにはあまりにも軽装に過ぎる。
ヘルメットは流石に自前で購入したがブーツもグラブも今着ているレザーのツナギも龍一のお下がりだ。
転倒時に自らの肉体を防護する為の各種プロテクターが装着されている。

「龍兄ぃ、準備できた? 俺はいつでも良いけ、ど……???」

「まぁ回転が安定するまで待てよ。しかし……どうすっかな?」

うオン!……ばふ!

ぅうオン!……ぼふ!

ごっ、ぶぶっボォン!……ボッ!ぼぼぼ……

振り向いた先で龍一は渋い顔をしていた。
右手に軍手をはめ、はだけたツナギの袖を腹の辺りでくくっている。
ヘルメットとグラブは軽トラに放り込んで来たらしい。

確かに、組み上げて初めての始動。今日が初火入れではあるがレスポンスが悪すぎる。
傍らにはノートPCがあり、ワイヤーハーネスがシートカウルやメーターパネルへと延びている。
先程から龍一はマシンガンの様にだだだーっとキーを叩いている。

「ビルの中でエンジンかける訳にいかなかったとは言え……。我ながら酷い……」

複数のウィンドーにはパラメータ化された各種データや3Dマップが展開されている。
事前シミュレートと実働状態ではやはり異なる。
せわしなくデータを補正してゆく。

ベースとなったCB-1300もそうだが、近年のバイクはCPU制御技術を大幅に取り入れてある。
その分チューニングに対して、ただ機械の知識があれば良いという訳には行かなくなった。
ノートPCからの入力でお手軽にセッティング変更出来る様になったが、
それはハードウェアだけでなくソフトウェアの知識も必要になる事を指している。
基本的には横島が組み上げたが、肝心なところは剣が入念にチェックした。

「CPセッティングはもうこれ以上は限界かもな」

燃焼状態があまり良くないのか、サイレンサーから激しいバックファイアを吹き出している。

水温・油温・油圧・電圧……

それらが安定すると更にスロットルを開閉してピックアップを見ている。

オン!ぼひっ オン!ぶほっ ぅオン!ぼんっぼぼぼぼお

「……ウーン、もう一番プラグを下げるかな?」

龍一の提案を受け、剣はシリンダーヘッドに頭を突っ込んだ。しばらくして頭を引き抜く。

『いえ、このまんまで良いっすよ。こんままの熱価で行きましょ』

「じゃあもうちょっとA/F(空燃比:ガソリンと空気の割合)をリーン(燃料が薄い)に振るか?
 カブリ(混合気の燃料が濃い)気味でツキ(レスポンス)が悪いしパワーもイマイチだが」

PC画面を見せながら剣と横島に確認をとる。
なまじ大容量の燃料ポンプとインジェクターを装備する為、吸気に対して燃料過多の状態の様だ。
だが再びエンジンに頭を突っ込んで様子を伺うと、
燃料タンクからにゅっと手が生えてパタパタと左右に振られた。

『ソレも大丈夫みたいッす。この様子だと走り出したらもうちょっこと水温と油温が上昇するでしょう。
 逆に今より薄くすると燃料冷却が追いつかないッすよ。それこそ去年の二の舞……』

燃料の気化冷却もエンジンの重要なクーリングファクターだ。
何と言ってもホットセクションに揮発性の液体を霧状にして送り込むのだ。
また、燃料を薄く絞ると出力は増すのだが、エンジンの異常燃焼を引き起こしかねない。

その結果が去年の剣である。

「トップスピードでブローはヤだな……」

超高速状態でのエンジンブローは危険極まりなく、今の横島では対処しきれないだろう。
だが、このままという訳にも行かない。

「そうなると……じゃぁサイレンサーに噛ますバッフルプレートを減らすか?」

しばらく思案していた龍一が苦肉の策だがと前置きして改善案を出した。

『そうっすね。ちょっと待って下さい』

その意見を聞いた剣が排気経路に直接手を突っ込んで具合を見ている。
何度か肯く。どうやら最終的な方向が見えた様だ。

『2枚抜きましょう』

思案気味の剣はサイレンサーに手を突っ込んで枚数を指示した。

「じゃあ、引っこ抜くぞっと!」


ずっぽん!


ばりばりばりばりばりばりッ!!!

サイレンサーを外すと雷鳴の様な爆音が響き渡る。
※サイレンサーを外しての走行はご近所に対し大変ご迷惑となりますのでおやめ下さい※

幾らソフトウェアの知識があっても、根本的な事も理解していなければ意味がない。
現在のチューニングはソフトとハードの高次元の両立が不可欠である。

エキゾーストパイプから抜き取ったサイレンサーを手早く分解し減音室にある穴の開いた板を2枚ほど抜き取る。
抵抗(負荷)を減らす=排気圧を低くするという事だ。
排気圧を減らす事で吸入空気量を増やし、燃料の絶対量を減らす事無く空燃費を最適化する。
調整を終えたサイレンサーを再び装着し固定すると再びキーボードを叩く。

「よし! こんなもんだろう」


クオンッ!クオンッ!クオンッ!!オンオンオンオンッ!……ボッ!


回転計の針が激しくダンスする。
先程までのぐずり様が、まるで嘘だったかの様に右手の動きに鋭敏に反応する。
若干バルブのオーバーラップを増やしてあるので多少のバックファイアは仕方ない。
ノートPCを一通り眺めてからハーネスを引き抜いた。

「とりあえずはOKかな? 次は忠夫のウェートに合わせてあと少しだけサスを弄るか」

「うぅ、よくわからん(泣)」

幾ら実作業を行ったとは言え、全てを理解して手を動かしていた訳ではない。
何とか自分のものにしようと懸命に話を聞くのだが、まだまだ修行不足の様である。

さて、先ほど行われたトライアルで龍一はクラス中トップスピードをマークした。
900ccハイチューンクラスにはもはや敵は居ないというハイスピードである。
そのスピードはオーバー1000ccハイチューンクラスに匹敵するもので現在の総合トップ。
丁度今、オーバー1000ccハイチューンクラスがトライアルに挑んでいる。
かなり良い所までいくのだが・・・

『あぁッと惜しいッ! 只今の記録は296.251km/h!!』

場内放送がリザルトを読み上げている。
今回カウルを纏ったマシンが少ないこのクラスには260km/hオーバーの速度域は少々厳しいものがある。

だがアンリミテッドクラスには欧州のハイウェイをホームグラウンドとする流麗なカウルを纏う車体が多い。
また剣のCB改をはじめ、もはや“公道走行不可・素人お断り”なモンスターがひしめいている。
それらは“アンリミテッド”の名に恥じないスペシャルチューンが施されているが、
その分扱いはシビアであり、ほんの少しでも扱いを誤ればそのハイチューンゆえブローする。
昨年エンジンブローで苦汁を舐めた剣が下した判断に二人は従った。

『なんせギリギリまでパワーもトルクも搾り出してますからねぇ。でも回転さえ安定すれば行けるッす』

「特に今の剣さんなら、文字通り“手に取るように分かる”状態ですもんね」

『まぁ、こんな状況は夢にさえ見なかったんだけどねぇ〜。ところで……』

「「?」」

『これで……成仏できるのか、また一年お札とカバーに包まれるかが決まる訳だ……』

確かにこの世に残した未練や無念を晴らせば、基本的には剣の様な霊魂は成仏する。
逆説的に言えば、剣は「優勝しないと成仏しないぞ」と言っている様なものである。
流石に永続的な結界を張っていられるほど、文珠は万能強力という訳ではない。
集会を開く背後霊や石神達の様な例もあるにはあるが、剣の場合、放置できる類の浮遊霊でもない。

「問答無用で成仏させるっちゅう事も出来ますよ? どうします?」

『それはヤだなぁ〜。ちゅうかタダちん、自信ないんかい!?』

「そりゃ初めてッすからねぇ。だいたい300km/hなんてちょっとピンとこないっちゅうか……」

最終コーナー出口。
勝ちを焦ったライダーがオーバーランしてサンドトラップに突入した。
もうもうと砂煙が上がり、オフィシャルがイエローフラッグを盛大に振っている。

「……いや“追い越し禁止”の指示はあまり意味がないぞ???」

龍一のツッコミ!
単独アタックのこのトライアルに“後続車両”は存在しない。

救急車両とロードスイーパーがコースインし、ライダーの保護とコースの掃除を開始。
コース復旧の為、トライアルは一時中断された。

「ま、後は忠夫の頑張り次第だ。美神さんにヴィスコンティーの話は聞いたよ」

「うわー! スッゲー緊張するやん!! しかし美神さんはまた余計な事を……」

どうやら何が何でも結果を出さねばならない様だ。

今のアクシデントを目の当たりにしているにもかかわらず、程よい緊張感を保って準備を進める三人。
その後ろの5人の女性は会話に入れない為手持ち無沙汰の様で……

「そういえばなんか注目されてない?」

「お前……よく鈍いと言われないか?」

『意外と視野が狭いのかな?』

二人が指差す先では“チーム横島除霊事務所”の面々が、レンズの砲列に愛想を振りまいてた。

“我こそはカメラ小僧”と言わんばかりの高級カメラをローアングルで構える者……
場内の売店で慌てて購入して来たのであろう“撮るンです!”で一心不乱に撮る者……

中には、何を勘違いしたか「一緒に写って下さい!」と言い出す者まで出てきた。
流石にプロのコンパニオンではないので一緒にというのは“丁重にお断り”しているが……
3人の目の前で、あれよと言う間に人だかりが出来てしまった。

『まぁ、これくらい綺麗どころがいれば当然ですなぁ〜』

「おやっさんの言ってた“ムフフ”てのはこういう事か……」

「主役は俺だよな……」

三者三様の反応。横島はエンジンを一旦止め、人だかりへ不満げに視線を向けた……



今日のこのトライアル参加者は、あくまでプライベーターの集まりである。
メーカーがワークスチームを率いて参戦している訳ではない。
確かに大手ショップも多数参加しているが、キャンギャルを連れて来たチームはごく少数。
そのごく少数チームとて、よくて2人がいい所である。

では横島除霊事務所の面々のいでたちとはどんな物かというと……

黒いタイトミニとストッキングで足元を引き締め、白いスニーカーで清潔感と活発さを表現。
着ているポロシャツは真紅の布地に黒い縁取りの白文字で、
胸元と背中を“Powered by W-WASP!!”と染め抜いている。
トドメでシャツと同一カラーリングのパラソル装備。

横島から見て前列左から、銀髪と赤いメッシュが目を引く“元気一杯”の笑顔がまぶしいシロ。
右隣には、豊かな金髪をナインテールに纏め、キツメの視線で“小悪魔感”を演出するタマモ。
その後ろ左から、カメラに向け控えめに手を振ってみせている“清楚”を具現化した様なキヌ。
中央には、古い学校机に腰かけ、大胆に足を組む“お姉さん”な雰囲気で流し目をくれる愛子。
右隣には、モデル並の身長とスタイルで“モデル立ち”。サムズアップ+ウィンクで応じる魔理。

おキヌちゃん
イラスト:はっかい。様

パラソルを開いているのはキヌと魔理の二人で、シロタマはステッキの様にしている。
愛子を中心に、周囲をぐるりと囲むギャラリーに笑顔の掃射を行う。
そんな完全武装の美女・美少女が合計5人もいるのだから人目を引かないはずがない。
これだけのパフォーマンスを見せたらキャンギャル顔負けだ。

何より4人は現役の学生、それもバリバリの女子校の生徒である。
愛子も学生という肩書きが外れただけで、その姿は高校時代となんら変わらない。
よく見かけるキャンギャルの様に、派手なコスチュームと厚化粧で誤魔化している訳ではないのだ。

「チーム横島除霊事務所の皆さーん、撮影するので一塊になって下さーい」

“ワークスチームでもないのに5人もキャンギャルがいる”
噂は瞬く間に広がり主催のハンダ技研の広報やプレスまで集まってきた。
もとより優勝候補の、何より主催メーカー製のマシンである。
ハンダの広報クルーが“是非インタビューを!”と申し入れてきた。

『事務所を一般にアピールするいい機会じゃない! 受けなさいよ!』

愛子が横島に詰め寄る。確かに愛子の言う通りなので異存はなかった。



今回のイベントに来ていたプレスからも簡単な取材申し込みが来たので全て引き受けた。
一通りの取材は終わったのだが、相変わらずギャラリーは減る気配を見せない。
5人も慣れてきたのか対応がよりスマートになった。
こうなってはカメラ小僧を追い返す訳にも行かず憮然とするしかなかった。
ふと視線を感じて目を向けると、若いライダーに何か指示を飛ばしながら近づいてくる人物が居た。

−確かこの人雑誌に載ってた様な???−

疑問に思っていると声をかけられた。声をかけられて、やっと目の前の人物の素性を思い出した。

「君が横島くん? イイ目をしてるね! お手柔らかに頼むよ」

「!! こ、こちらこそ宜しくお願いします!!」

右手を差し出す“西の雄”におっかなびっくり応え、その手を握る。

「元気そうだ……てのも変か? もう死んでるんだよね?」

『あ、直己さんお久しぶりッス!』

昨年の優勝マシン製作ショップ

−小野寺コンペティション−

先ほどまで総合トップだったマシンZX-9Rを送り出したショップの代表、小野寺直己。

「去年は惜しかったなぁ。ま、でも今年もオジサンが頂いちゃうかもよ?」

『いやぁ、わかんないっすよ? 直己さんこそ覚悟しといて下さいよ!』

「でも900ccはやられたわ龍ちゃん。でさ……
 ファイアーブレード(CBR-900RR)は来年モデルチェンジだけどまた最初から作り直しかい?
 買い換えるならうちで買わない?」

「いや、流石にまだ買い換える気はないかな。ま、勝ち逃げ御免! ということで、ね」

『直己さん、商魂凄まじいね♪』

「なになに、東西分け隔てなくお客さんに接しないとね」

「『そりゃそうか! はははっ!』」」

『それはそうと、うちの大将も来年は本腰入れますから。西の小野寺vs東のワスプって感じで』

「そうかい。なら洋ちゃんに宜しく言っといてよ。“楽しみにしてる”てね。それじゃ!」

小野寺代表は軽く手を上げてその場を辞した。

「ワスプ代表だけでもアレなのに小野寺コンペ代表とも会話するとは……」

呆然とする。
今回の依頼主であるダブルワスプ代表の高槻が“東の重鎮”なら、
先ほどの口ひげを生やした初老の男性、小野寺直己は西日本のトップチューナー。

いわゆる“西の重鎮”である。

まさかそんな大物と会話を交わすなど思いも寄らなかった。

「しかし何で皆、こう普通に接する事が出来るんだ???」

横島は先ほどからの疑問を口にした。普通じゃありえない事だ、と。
先の小野寺代表もそうだが、名の知れたショップの人間や、剣のかつての知人や龍一の知人……
果ては全く見ず知らずの参加者からも気さくに声をかけられた。
普通に考えれば霊がいればそれだけでパニックになる。
にもかかわらず皆さもそれが当然の様に接してゆくのだ。

「なに、単車乗りの世界は二つ。“こちら側(乗る者)”と“あちら側(乗らない者)”しか無いからな。
 生死はあまり関係ない。皆仲間なのさ」

『それにタダちん、バイク乗りには“夏”しかないんだ。“涼しい夏”、“寒い夏”、そして“暑い夏”てね』

二輪車を愛する者の共通認識。
想いを同じくするものは仲間であるという考え。
季節も天候も関係ない。

「ま、これで東西の重鎮二人をはじめ他の連中にも顔を覚えてもらえた訳だし、
 単車乗りの世界に確実に足を踏み込んだ訳だが……。忠夫、感想は?」

「……まだそんな実感湧かん(汗)」

免許を取って僅かの横島にはまだその実感は湧かないかもしれない。
だが、もう既に“こちら側”に足を踏み入れたのだ。
そう遠くない未来、駆け出しライダーを相手に同様の言葉をかける様になるだろう。



「さて! 波乱含みのオーバー1000ハイチューンが終了〜!
 だがしかーしッ!!!
 杉山龍一選手のCBR-900RRが叩き出した298.989km/hを超える猛者は出現せず!!
 残りは本日のメインイベント、アンリミテッドクラスのみ!!
 注目は北は北海道の旭川、滝川モータースのGSX-Rターボ!
 東は東京から来たダークホース!ワスプのマシンを駆るチーム横島除霊事務所のCB改!
 西は三重県の鈴鹿、昨年の総合優勝チーム、小野寺コンペのZZ-Rなど見所……」

場内アナウンスが威勢良く啖呵を切る。

『さあ! タダちん行っくぞ!』

いよいよアンリミテッドクラスが始まったのだ。
出走順の早いチームのマシンがトライアルに挑むべくコースインしていく。
剣はフッと姿を消す。
自らを現世に留めているバイクにその身を引き込んだのだ。

「せんせー! 頑張ってくるでござるよ〜ッ!!」

「当然優勝よね? 負けたらきつねうどんとお稲荷さん奢らせるからね!」

『行ってらっしゃい! 横島所長さん♪』

「「横島さん頑張って(な)(下さい)!!」」

ヘルメットをかぶり愛車に跨った横島を、事務所の面々がそれぞれの言葉で送り出す。
美女・美少女の声援に周囲が嫉妬と羨望の視線を向けるが、今はその事は気にならなかった。
ヘルメットのバイザーを下ろし、マシンのシートに跨った瞬間……

“かちり”

何かが切り替わった。

「忠夫、俺の記録を抜いて来い! こいつはそれが出来るし剣のサポートもある。思いきり行け!!」

ばんと肩を叩く龍一に右手の親指を突き上げて応じるとクラッチを握りこみチェンジペダルを引き上げた。
カツンとカウンターシャフトがギヤを咥える感触が伝わる。

   ズフォン!

スロットルを捻り、労わる様にクラッチをじわりと繋ぐと誘導路へ向けて走り出した。

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