風になれ!(2)


作:AC04アタッカー

「で、どうすんの?」

令子は湯飲みを美智恵にも渡しながら誰に聞くとはなしに聞いた。
今回のケースはテニスコートに憑いた霊と同様、その情念を晴らせば除霊できる。
もっとも文珠に「浄」の字をこめて発動すれば恐らく除霊可能ではある。

「そうっすねぇ。現世に残した未練ってのにちょっと興味があるんすよ。」

ネクタイを緩め、ずずっとお茶を啜る。

「HANDAの主催でここ数年、毎年行われてる“最高速トライアル”て知ってます?」

そう、御鶴木剣がこの世に残した未練とは
その“トライアル”にてトップスピードをマークするというものだった。
一昨年前は辛くも総合優勝を勝ち取ったものの、昨年は痛恨のエンジンブロー。
今年こそは!と挑むつもりが昨年の秋に癌が発見され、
後は転がり落ちるように体が衰えていった。
発見が遅かったのと、若さゆえに転移が早かった為、抗癌剤が間に合わなかった。

「ところで、あんた誰?」

「あ、こりゃ失礼。自己紹介がまだでしたね。」

令子の言葉で龍一は名刺を皆に配った。

「航空自衛隊?」

何故そんな人物が居るのか疑問に思った美智恵は怪訝そうな視線を龍一に向けた。

「はぁ、実はカクカクシカジカと言うわけで」

龍一は事情をかいつまんで説明し
どうやら美智恵は納得したご様子で

「なるほどそうですか♪」

「そうなんです♪」

「「はっはっはっ♪」」

大人の事情って素晴しい。ビバニッポンゴ!



さて、話題は表で悶えている霊についてどうするかだった。
横島の下した判断は

「トライアルに出場するやりかたで依頼を受ける」

というものだった。
なお
時どき「はぶしょー!(泣)」などと意味不明の悲鳴(?)が聞こえるが皆無視の方向らしい。
剣が余りにも駄々を捏ねるので、シロタマ魔理を送迎してくれた美神母娘が

「アンタうるさいのよ!」

「ボウヤはここで大人しくしていなさい!」

「あうー!だぁー♪」

シバキ倒したうえ問答無用で呪縛ロープでぐるぐる巻きにしたのだ。
ひのめのヨダレも結構効いているっぽい。

「出走クラスは改造無制限のアンリミテッドクラスでベース車両はCB-1300スーパーフォア。
 通称“BIG-1”と呼ばれるHANDAのネイキッド(カウリングの無い)バイクッすね。」

横島が資料を片手に説明する。

「この車両は今回の報酬にも含まれていて、遺族の承諾と何より本人の希望でもあるっす。」

今回の除霊では、現金の代わりにその車両を現物支給の形で受け取る事にした。
無論、昼間行った除霊は別料金を受け取っている。
また、出走する為のエントリーフィーや必要なパーツ代を含む全ての経費はワスプが負担する。

「ハイ!横島さん質問!!」

魔理が両手を挙げて“質問!質問!”と体を揺さぶっている。

「そのバイクは今何処にあってどんな感じなんだ?」

自身がスクーターで登校しているくらいだ。興味津々といった感じだ。

「表の軽トラの荷台に現物があるよ。どんな感じかって言われると」

説明に困った横島は、換気扇の前でタバコを吸っている龍一に目で助けを求める。
まだ知識不足の横島にとって、表にあるヘビーカスタムなバイクは手に余る。

「仕方ないなぁ。じゃあ俺が知ってる範囲で応えるよ。一文字さんだっけ?それで良いかい?」

「ああ、構わないよ。所長の“師匠”てくらいだからさぞ詳しいんだろうし♪」

ミニ4駆の師匠というイメージと目の前の男のギャップ。
魔理はからかい半分で龍一の出方を伺った。

「まず外装だが、CFRP(カーボンファイバー)製アッパーカウルとロアーカウルを装着して
 幾許かの空力対策を施してある。カウル無しじゃ辛いんでね。シートカウルもシングルシート。
 ちなみに車検に対応すべくプロジェクターヘッドライトが着けられる優れものだ。
 で、吸排気系は(以下延々長々と専門用語がこれでもかと言うほど続く)」

「わー!わー!わー!スンマセンゴメンナサイ!!もういいです!アリガトウデス!(汗)」

余にも専門的な用語が続くので魔理の方が音を上げた。
対する龍一の方は、まだ話し足りないのか少し寂しそうにしている。

「ま、とにかく凄いって事だね。」

やはり話についてこれなかった横島が相槌を打つ。
いわゆる“マニア”な話題から解放された事務所の面々はホッと胸をなでおろ

「それで冷却はどうなってんの?追いつくの?」

「「「『「「だぁ〜ッ!」」』」」」

せなかった。

話を継続させたいのは一人だけではなかったらしい。唐突に発言したのは美神令子だった。
車派の令子ではあるが走るもの全般に精通している。
シェルビー・コブラ427というモンスターを手足のように扱うこのうら若き女性もかなりのスキモノの様で
横島の仕事振りを“視察(?)”する為今まで黙っていたのだがどうも気になるらしい。

「それについては(以下専門用語の為、略)」

「ふんふん、でもそれじゃァ(以下マニアックな為、略)」

「そこは先程説明した(以下複雑怪奇な計算と理論の為、略)」

「「「「『「「」」』」」」」

何時果てるとも知れない専門用語の応酬は、ひのめが目を覚ますまで続いた。



「ま、がんばんなさい。」

そう言い残して美神母娘は場を辞した。既に独立した横島のやり方に令子自身は口を挟むつもりは無い。
また、龍一も明日官庁廻りがあるという事で美神たちの後に事務所を出た。
表でしばらく令子となにやら話し込んでいたようだが

「はぁ〜、何か凄い人だったなぁ」

ため息混じりに魔理が洩らした。

「あたしの原チャリ、杉山さんに頼んだら空を飛ぶようになるかもな」

『まぁ、それは無いにしても物凄く速くなりそうね。』

キヌの作った夕食をご馳走になりながら会話を続ける事務所の面々。

「それにしても、杉山殿は何か武道を嗜まれてるでござるか?」

「普通じゃない雰囲気してたわね」

肉及び油揚げ抜きの食事が続く二人は寂しげにおかずを箸でつついている。

「はぁ?何処をどうやったらそうなるんだ?あたしゃ、ただ“マニアックな人だ”って言いたかったんだけど」

『そうそう!ああいうのを“ヲタク”ていうのよ!ヲタク!』

「でも太ってませんでしたし瓶底メガネに天然ポマードでもなかったですよ?」

本人が居ないからか好き放題言ってる二人。キヌも何か聞き捨てならない事をのたまう。

「お!さすがは人狼に妖狐だな♪龍兄ィの実家は古くから続く剣術道場でね」

感心したと言わんばかりに、肉じゃが(の肉)とヒジキの煮物(の油揚げ)をそれぞれの器に分け与える。

「射撃の名手にして古流剣術の奥義継承者。」

引き金を引くゼスチャーのあと袈裟懸けにする様なゼスチャーをしてみせる。

「「『え゛!?』」」

−どういう事!?−

口には出さないが三人の目はそう言っている。

「飄々とした佇まいにもかかわらず全く隙を見出せなかったでござるよ♪」

「何て言えばいいかしら?そうね“無防備なのに攻め込ませない目付き”って感じ♪」

ご褒美を貰った2人(匹?)はこの世の春が来たかの様な喜びようだ。俄然箸が進む。

「あと米軍のパイロットから“サムライ・ソード”とあだ名される戦闘機乗りでもある。」

ずずっと味噌汁を啜ると更に付け加えた。

「GS資格も持ってるけど、もっともこっちはてんで駄目らしい。ハフー!ご馳走様♪」

手を合わせ、箸を置くと湯飲みに手を伸ばす。

「おぉ!GS資格まで持ってござったか!」

「絶対的な霊力はちょっと低かったけど、試合形式なら雪之丞も魔装術を使わないとヤバイかもな。
 八房ほどでは無いけど物凄い斬撃だよ。」

「ガツガツ!むぐっ!?そ、それは凄いでござる!いつか手合わせしてみたいでござる!!」

サンポ以外で珍しくパタパタとしっぽが揺れている。
久しぶりの肉食も手伝っているだろうが。

「はむ♪はむ♪何て言うの?澄んだ湖水の様な目だったわ。視力良さそうね。で射撃ってどれぐらい凄いのよ?」

お揚げを咀嚼しながらタマモも追従した。
とは言え別に龍一に興味がある訳では無く、シロに負けたくないので質問しただけだ。

「クレー射撃も精密射撃も見たけどさ、百発百中てのはああいうのを言うんだと思ったな。
 特に300m先の500円玉を弾き飛ばしたのには驚いたぞ。
 何でも、両の目で見るんではなくて“心の目”で“感じる事”が秘訣だと言ってた。
 “額にある第三の目で見る”って感じらしい。ヒャクメの千里眼みたいなものだと思う。」

「「そんな凄い人が、どうしてGSとしては“てんでダメ”なの(でござるか)?」」

「除霊は力技だけじゃないだろ?
 試合じゃないんだから問答無用でぶった斬るって訳にイカンし誰にだって向き不向きがある。」

半分ほどお茶を飲み、六女の特別講師の時の顔で続ける。

「武道家として優れているからってGSとして優れてるとは限らない。
 俺だって今日の昼間みたいな除霊は苦手だし、
 特に試験にうかったばかりの試用期間は依頼の選り好みなんて出来ないからな。
 考えても見ろよ。おキヌちゃん以上のネクロマンサーってどれくらいいるだろうな?」

「え?私ですか!?」

「そう。おキヌちゃんと龍兄ィが試合をしたら、間違いなく龍兄ィが勝つだろうけどさ。
 でもおキヌちゃんみたいに優しい祓い方は、龍兄ィには絶対出来ない。」

勝てないと断定的に言い切ったが、その後のフォローは忘れない。これも成長の証しだろう。
龍一の除霊珍プレーを面白おかしく3人に聞かせた。

例えば

「俺の話を聞けぇ〜ッ!!!」

『夏なんか!夏なんかぁッ!!』

「あ゛ぁぁッ!斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても復活しやがって鬱陶しいッ!(怒)」

『割れた腹筋、高い身長!うーッ!お前にこの気持ちが分かるかぁ〜!?(泣)』

「女にもてたくて鍛えてる訳ぢゃねぇぇ〜〜ッ!!
 来る日も来る日も男やもめの基地で訓練訓練訓練!お前こそ俺の気持ちが分かるか!!
 俺だってキレーなオネーチャンと海で泳いだりしたいんじゃくそーッ!夏なんか〜ッ!!(血涙)」

毎年現れるコンプレックスの除霊でやらかした失敗談は、今となっては笑い無くしては語れないものだった。

「「「」」」

一瞬の沈黙。

「杉山さんって恋人とかいらっしゃらないんですか?モテそうですけど。」

「うん(キッパリ)。趣味に突っ走ってて色気全くなしだねー。」

既に同棲までしている横島に対して、一見完璧超人な龍一

「出会いが無いとも言ってたけど、それだけじゃないと思うよ(汗)」

埋立地で一日の殆どを過ごし、暇さえあれば車かバイクか飛行機という生活で恋人などできるものだろうか?

「変わってるってトコが魔鈴さんと合うかもしれないけど」

横島の脳裏に魔界の鳥スカベリンジャーを「小鳥さん♪」とのたまう現代の魔女が掠める。
二人が並んでいるところを想像する。案外イイカンジかもしれない

「ちょっと幻滅でござる。」

「ミイラ取りがミイラになるってヤツね」

一通り話し終えると自分の使った食器をキッチンの食器洗い機に入れた。

「とは言え“男としていつか超えたい目標の人”だけど、ね。」

横島にはルシオラを失った辛さや悲しみを周りの人から覆い隠すように道化を演じていた時期がある。
その横島に「立ち止まるな!前へ踏み出せ!!」そう喝を入れたのが龍一だった。
周囲の腫れ物を触るような態度にも苛立ちを感じたが、
龍一のそのストレートな物言いに次第に理性を抑えきれなくなり思わず殴りかかったのだ。

−俺の気持ちがわかると言うのか!?−

心の底からの叫び。
龍一の顔面に力任せの拳が叩き込まれる。受ける龍一もかわそうとはしなかった。
涙を流しながら何度も何度も拳を叩き込んだ。自分が泣いている事に気付きもせずに。
その全てを受け切った龍一は、地面に膝を付き肩で息をしながら泣く横島に言った。

「幾ら嘆いても過去は覆せない。辛かったら悔しかったら、這いつくばってでも前へ進めよ。甘えるな!!」

横島の身近な者でここまで辛辣な言葉を放った者はいなかった。
確かに“あの二択”は高校生の少年には辛すぎた。
だが特殊な経緯があるとは言え“その選択”をしたのは他ならぬ横島自身なのだ。

「お前の選択が正しかったか間違っているかの判断は人それぞれだがな」

うずくまって泣いている横島を立たせると、怒鳴るでもなく叫ぶでもなく続ける。

「自分がした選択に後悔するのはもう止めろ。自分を偽るのもだ。それこそルシオラへの冒涜だと思うぞ?」

そう言いながら多少荒っぽく頭をクシャリと撫でた。

「今を生きる者の義務だろ?ルシオラに胸を張れる様にシャンとしなきゃな!」

口の端が切れ、鼻から血を流しながらの台詞だったが、誰からのどんな言葉より心に沁みた。
龍一が過去にどの様な経験をして来たのかは分からないがそれでも
ありのままの横島から目を逸らす事無く説くこの男も、何か辛い過去を乗り終えてきたのだと感じた。
元々一人っ子なうえ、両親と離れて暮している横島にとって、そんな事があったからこそ余計に“兄”と慕うのだろう。
誰にも語った事の無い、キヌにさえ話していない自身と龍一との間にあったそんなやり取り。

「まぁ、ちょっと色々あってね」

まるで青臭い青春ドラマの様な内容なので今は伏せておく。

「俺が前へ進める様になれたのは、おキヌちゃんと龍兄ィのおかげだよ。」

ルシオラのことを知っているのは、このメンバーではキヌだけ。
その為今の台詞が何を意味し、どれほどの重みを有するのかが分かるのもキヌだけである。



さて、横島が話した龍一についての姿。
GSとしてはアレだがかなり凄い御仁であることが判明した今

先程散々にこき下ろした魔理と愛子は後頭部にでっかい汗を浮かべでいる。

「い、いやぁ、只者じゃないとは感じてたんだ!ハ、ハハハ」

『け、結構いい男だったし、横島くんとは大違いね』

人を見る目を疑われたくないのか、さっきとはまるで逆の事をのたまう魔理と愛子。
しどろもどろになりながら、魔理は誰もがハリセンで後頭部を叩きたくなる様な事を口にした。

裏拳でも特に差し許す!

また龍一は取り立ててハンサムと言うほどでも無い。
確かに長身痩躯で精悍な顔付きだが、愛子いわくの“いい男”かどうかは好みの問題の範疇である。
ぱっと頭に浮かんだ褒め言葉が外見の事というのが愛子らしいと言えなくもない。

これは延髄への“カラーティーちょっぷ”がお奨めだろうか

一方、面識はあったがその素性までを知っていた訳では無いキヌは

「あははははは」

二人のフォローのしようが無いので笑って誤魔化した。

「「さっきまでボロクソに言っていた(でござる)のに」」

「ま、まぁまぁ!あたしの肉残ってるけど、シロちゃんまだ食う?」

『あはっ♪あはっ♪あはっ♪(汗)。タマモちゃん、私はもうお腹一杯(食えるのか!?)だから
 お揚げ貰ってくれない???』

獣っ娘2人の“禁・肉及び油揚げ令”はこの日をもってなし崩し的に解除となった。



騒がしくも楽しい夕食が済むと、早速プランを練り始めた。
だが残された時間はあまりに少なかった。

「トライアルは来月に行われるんだけど、実はバイクがまだ完全じゃない。
 龍兄ィも仕事があって当日までにこれるのは2回がいいところらしい。」

『どんな問題があるの?』

「一昨年優勝してるんだろ?それじゃダメなのか?」

「横島さん、杉山さんが来るとか来ないとかってどういう事なんですか?」

「まず問題として、時間が圧倒的に足りない。だからって一昨年のバイクじゃもうダメなんだ。
 記録はもう塗り替えられてる。」

問題点などを提起し、その解決策を探り、良さそうなものを幾つか示す。

「あと、何と言ってもプロもビックリの“技”を龍兄ィは持っているんだ。」

西条程では無いにせよ、龍一も給料の殆どを趣味に注ぎ込んでいる割には随分と優雅な生活をしている。
その道楽公務員振りを如何なく発揮し、
人脈や知識など横島ではどんなに足掻いても望めないほどのものを有している。
その人脈や龍一自身の持つ技術を使おうと言うのだ。
龍一本人も乗り気で無償でいいと言っていた。

さて、高槻代表の話ではパーツそのものは既に組み込んであるかあるいは発注済で、
あとは素人でも取り付け可能なものしか残っていないはずだという事だ。
問題は各パーツのフィッティングやセッティングをどうやって整えるかだがさすがに素人では手に余る。
かといってワスプは現在開店休業状態。
除霊が成功したとは言え荒れてしまった店内や破損した車両の修理などでそれどころではない。
他のチューニングショップに頼るというのは論外で
結果自分達で何とかしなければならないと言う事になる。
そこで龍一の出番となった訳だ。ついでに言うと

「まぁ、幸いな事に持ち主が居る訳だからね。その指示通りに作業すればいいんだけど」

確かに横島の言う通りで、浮遊霊になってしまったとは言え今まで作業をしてきた者がいるのだ。
だが

『あぁ!そこの八重歯がぷりーちーなおぜうさん!このロープを解いてはくれないでしょうか!?』

『おぉ!キツ目の視線が魅力的なおぜうさん!その美しい金髪がオトコを狂わせるぅ〜!!』

一昔前の自分を見るような気がしてならない。
いや、様子を見に行ったシロタマにまで無節操に声をかける辺り自分より質が悪い。
横島の不安はその辺にある様だ。

『なんか学生時代を思い出すわね』

「言うな愛子」

((自覚はあったんだ))

手加減してるとは言え、狐火や霊波刀でシバかれても成仏してしまわない辺りは謎であるが



一夜明け、早速ワスプの高槻に事情を説明して部品を引き取りに行った。
まだ届いてない部品が幾つかあるが、それらの配送先を横島除霊事務所宛に変更してもらった。
それらの手配の後、事務所の入居するビルの地下駐車場で作業する事にした。
小さなビルだが色々と整っているのが横島達にとっては有り難かった。

なお作業中に雑霊がたかるのは頂けないので、
ビルのオーナーに許可をとって数日がかりでお札と文珠のハイブリッド結界をビル全体に展開した。
また結界を張る事でビル内では自由の身になった剣は、普段は事務所内に漂う事となった。
流石に除霊の依頼に来るクライアントの目の前で姿を現されては困るが、
昼間は大抵横島と二人(?)で地下駐車場にいるので問題ない。
魂の尾を地下から事務所まで引きずるその姿はシュールで異様なのだが、
他のテナントの職員も剣本人が底抜けに明るいのでこの数日ですぐに慣れてしまった。
ただ

『あの愛子ちゃん、まだ怒ってる!?』

『当然でしょう!?』

『うぅ仕方なかったんだょぅ、これがオトコってモノなんだょぅ』

怒り心頭といった愛子の剣幕に押されてしょげる。

『事務所メンバーをナンパするのも禁止なら他の会社の社員をナンパするのも禁止!』

魔理にシバかれ、通称“愛子空間”で恐怖体験をした事で大人しくなったと思ったら

『一般の人を怖がらせてここを追い出されたら誰が責任を取ってくれるって言うんですか!?』

魂の尾を引きずりながら、このビルに入居している他の商社の女性従業員をナンパしまくっていたのだ。
早速苦情が舞い込む羽目になった。

「愛子、剣さんてまだそんなに無節操なのか?」

高槻からもらった背中に“W-WASP”と刺繍の施された作業ツナギ姿で横島は麦茶を飲んでいる。
スーツ姿よりよっぽど似合ってるという仲間内の意見に気を良くした結果であるが、
その姿はガソリンスタンドの店員の様でとても除霊事務所の所長には見えない。
とは言え少なくとも今回の依頼−トライアル−が無事終了するまではオイルまみれになるのだ。
スーツ着用でバイクの整備という訳には行かない。
無論オフの時はGパンにGジャン、除霊作業時にはスーツ姿だが。

『無節操なんてモンじゃないわよ!さっき隣の商社の人が怒鳴り込んできたわ!!』

『うう、面目ない。』

「で、話はついたのか?」

『剣さんが相手本人に謝罪した上で無償で社用車の整備をするって事でなんとか、ね』

霊になってすぐに物質に干渉できる者は少ないが、剣はその数少ない例(霊?)の一人(?)であった。

「まぁ、丸く収まったならいいじゃ『良い訳ないでしょッ!!』スミマセンゴメンナサイ。」

女性比率の多い横島除霊事務所において、所長の発言権はあって無いが如しの様である。



「大容量ラジエターにオイルクーラーは、増設してある。」

分厚いA4サイズの指示書“サービスマニュアル”と交換・増設部品の仕様書
それにチューニングプランを片手に、胡座を組んだ横島は目の前の大型バイクと格闘している。

「ブレーキホースをステンレスメッシュのものに交換されてる」

『クランクシャフトとカムシャフトの芯出、各パーツの機械加工や重量バランス取りは終わってるよ。』

剣がふよふよとバイクの周囲を漂いながら説明する。

『あとね、チューン後も保安部品さえ取り付ければ車検に通るから。』

今回のトライアルが終了したらこのバイクは横島除霊事務所の資産となる。
売却する事も出来るが、改造車の査定は著しく悪いのであまり意味がない。
まして横島がバイクを欲しがっているのは事務所の全員が知っている。

「所長はヨコシマなんだから好きにすればいいんじゃない?」

タマモの意見は他のメンバーの総意でもあった。

「カリカリのチューンドマシンで堂々と公道を走れるのはありがたいよね。」

届いたパーツの梱包を解きながら、今後のバイクライフを妄想してみる

(妄想中)

「おキヌちゃん、大丈夫?」

「ええ、大丈夫です♪」

「飛ばすからしっかり掴まって!」

「はい♪」

−ぎゅっ!むにゅ♪

これやーッ!これなんやーッ!

「横島さんの背中大きい♪」

「おキヌちゃん」

(18歳未満の方には妄想の公開が出来ません)

「ぐふむひょひょひょ」

煩悩パワーが漲り、作業にも俄然熱が籠もる。

『うわー、考えてる事丸分かりだ』

自分も同類だからなのか単に横島がわかり易い性格だからか
剣は苦笑交じりのその姿を見つめる。
死してなおナンパする色ボケ浮遊霊の剣に、多少落ち着いたとは言え音に聞こえた煩悩少年の横島。
似たもの同士が共に助け合い一つの物を作り上げていく。



さて、剣の立てたチューニングプランは
国内馬力自主規制枠の100psという“足枷”を外すというものだった。
その上で設計者が理想とした数値を目指すべく高精度に加工されたパーツに交換されている。
交換されたパーツの中にはレースマシンに使用されるものも多数含まれている。
耐久レースではないが、トライアル後は街中を普通に走らせる為にある程度のマージンは残す必要がある。
とは言え優勝を狙ってる以上当然の事ながらそれだけではままならない。
プランの基本柱となる充填効率、燃焼効率、排気効率の向上に加え、冷却効率も向上させる。
先程のラジエター云々もそれだ。

更にエンジンの持つポテンシャルをフルに発揮出来る様に各部を強化する。

フロントの足回りは大径の倒立フロントフォークにチタン製ステムとトップブリッジに交換。
リアの足回りはアルミ合金製軽量高剛性スペシャルスイングアームに別体タンク付ショック装備のリアサスペンション。
スプリングは当然不等ピッチのものだ。

ホイールは鍛造削りだしの軽量高剛性マグネシウムホイールに交換し、
装着されるタイヤはミディアムコンパウンドのレーシングスリックタイヤをチョイス。

フロントブレーキはキャリパーを4POTから6POTのものに交換しブレーキローターとフローティングピンを交換。
リアブレーキもスライドキャリパーからフィクスドキャリパーに変更した。
キャリパーの変更に合わせて前後のマスターシリンダーも専用の物に交換。
当然フルードとブレーキパッドとホースも交換。

メインフレームには剛性アップの為にサブフレームを増設する。

その他数え上げれば切りがないほどの変更点と修正点があるが、プロの手を必要とする部分はほぼ終わっていた。

部品の名称と機能を覚える為、横島は交換したものについて浮かんだ疑問を次々と剣に投げかける。

「この“ハイコンプピストン”てのは何???」

『燃焼室容積とソレ+シリンダー容積の比率を“圧縮比”て言うんだけど』

「ふんふん。」

『その圧縮比を上げるとトルクが増す。その為にピストンの天辺が山になってるピストンがそれ。』

「じゃあ、このスライドスロットルってのは?」

『スロットルバルブにはバタフライ式とスライド式の二種類があるんだけど』

「ふんふん。」

『スライド式のバルブだと、全開時にインテーク内の乱流が最小限なんだ。』

「ほうほう。」

時折メモを取りながら疑問に思った事を次々聞いて行く。
そして剣がそのメモに簡単なイラスト図解を書き加える。
勉強もこれくらい真剣にやってれば、卒業前に留年すると大騒ぎしなくても良かったはずだ。
そう思わせるほど横島の成長は早かった。
経験がない分実感は湧かないが、知識だけなら随分と覚えた。
だが、二人ではどうする事も出来ないモノもある。
そこに救いの手を差し伸べる者が現れた。

「オーッス!やってるな。」

段ボール箱を抱えた龍一が地下駐車場に降りてきた。今日はお堅い制服姿のままでご登場である。

「どうも“上”の連中は頭が固い。何かあるとすぐ“それは前例が無い”と言いやがる。
 新しい部隊が新しい事するのに前例なんかあるはず無かろうになぁ」

どうやら官僚と一悶着あった様だ。
荷物を地面に置くと、タバコと携帯灰皿とオイルライターをポケットから取り出した。

「このダンボール中身は事務所のコ達に渡して欲しいそうだ。良く分からんが“ムフフ”だそうな。」

パッケージから一本引き抜くと火をつけ、高槻からの預かり物を横島に指し示した。

「中身は何?」

「ワスプのアパレル商品でポロシャツとかそんなの。フリーサイズだそうな。」

盛大に紫煙を吐き出しながら上着を脱ぎ、ネクタイを緩めた

「へ?いや、頼んだ覚えは無いけど???」

「おやっさんからの手向けだと。彼女達にサーキットで着て欲しいんだとさ。」

今年ワスプはトライアル不参加になってしまった。
一番の戦力である剣が他界し、店内に置いてあった参加予定車両は先日の雑霊騒ぎで破損してしまった。
その代わり横島たちをバックアップし、車体やその他に“Powered by W-WASP”とロゴを貼っている。

「ま、それはともかく」

タバコを吸い終わり、もう一つの荷物 −龍一の私物− の中からノートPCを取り出してワイヤーハーネスを車体に繋ぎ始めた。

「こんな場所でエンジンに火を入れる訳にもいかんし大雑把にしか出来んがやるだけやっとかんとな。」

二人の目の前で複数のウィンドーを立ち上げ、次々にデータを呼び出している。

「ROMチューンも一般的になったとは言え、吊るしのCPUじゃ不満が残るんでな。
 事前に取ったデータでのシミュレーションまでだが」

目にも留まらぬスピードでキーボードを叩きながらそれぞれのデータについて説明する。

「横軸がスロットル開度、縦軸がエンジンの回転数、奥行き方向の軸がスロットル開閉速度。」

「これは点火時期、スロットル開度、スロットル開閉速度、エンジン回転数、車速」

時々手を止め横島に説明をしつつシミュレーションプログラムを走らせる。

「一応“慣らし”は終わってるそうだが、現状で実走はおろかエンジン始動もままならんから、なっと♪」

データロガーのおかげで剣が生前に走らせた時のデータがログとして残されていたのだ。
龍一の操作で膨大なデータがノートPCに吸い上げられ、処理されていく。

『なッ!』

だがそのデータを走らせるプログラムを起動させたところで、液晶ディスプレイを見ていた剣が驚愕の声を上げた。

『な!そのプログラム!!ちょっ。龍さん!こんなモンどっから入手したんですか!?』

イマイチ理解してない横島とは対照的に剣は尚も驚きの声を上げる。
ディスプレイにはHANDAの二輪車に冠せられる翼をモチーフにしたデザインロゴが浮かびあがっていた。
プログラムはHANDAのワークスチームがレースマシン開発に使用しているシミュレーションプログラムだった。
龍一は特に表情を変えることも無く、早速プログラムを走らせるべくデータロガーからのログを流す。

普通そういったプログラムは門外不出のはずだが。

「なに、HGA(埼玉県朝霞市にあるHANDAの研究所)にいる友人からガメた。」

物凄い事を平気で言ってのける。

『ま、マジデスカ!?』

あまりのことに剣は固まってしまった。

「で、でもさ。最新の実走データがなけりゃ意味無いんじゃ」

事の重大さがイマイチ認識できていないからか、横島は意外に冷静なツッコミをする。

確かに横島の言うことは至極当然ではある。
この手のプログラムは、
実走中の車体からテレメトリーシステムで送られてくるデータをリアルタイムで入力する事で意味を成すからだ。
だが

「なーに、俺たちには誰よりも深く“見る・感じる”事が出来る強い味方がいるじゃないか♪」

鼻歌交じりでキーボードを叩く龍一はニヤリと剣を見た。

「!!なるほどね♪」

事情を察した横島もニヤリとする。
邪悪な笑みを浮かべる二人。
その口元は某嵐を呼ぶ園児並に歪み、後ろからでもにやけているのが分かってしまうほどだ。

『ん?なになに???』

一人だけ事情が分かっていない剣はふよふよと漂いながらのん気にしている。

「「つまりこういう事だ!!」」

不意に霊力を込めた4つの掌が剣に迫る。

『な!な!?』


横島に羽交い絞めにされ、龍一に両手でガッチリと頭を掴まれ慌てる剣。
二人は無言でうなずき合うと

            むぎゅ!!

剣を車体に“押し込む”のだった。

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