水の神へ愛を込めて


 車などめったに通らない山道。道路は舗装されてはいるもののアスファルトではない。そんな道を買ったばかりの国産車で登っていた。この道路はタイヤに悪い。いくら中古で買ったとは言え、自動車ってものはメンテにかかる金もバカにならないのだ。
「ちょっと仕事が安すぎるかもな……」
 俺は悪態をつきながらそう呟いた。だが独立したてで助手も取っていないGSでは文句も言っていられない。そう大きい仕事など回っては来ないし、ひとりでできる仕事などたかが知れているのだ。
「はあ……助手、せめて事務仕事をやってくれる職員でもいればなあ」
 俺は溜息をつきながら独りごちた。愛子に声をかけてみるか。俺はクラスメートだった机の妖怪を思い浮かべていた。愛子は俺たちと一緒に高校を卒業した。卒業も青春には欠かせないとのことで、せっかくなら俺やピート、タイガーと一緒に、と嬉しそうに言っていた。しばらくは学校にそのまま残っているつもりのようだったが、卒業式の日、俺が独立して事務所を開くのだと言ったら、手伝えることがあれば手伝うと言ってくれた。
「あとは助手……だよな。時給二百五十円はあり得ないとして、どのくらいが相場なんだろうな」
 車は依頼人の待つ山奥の村を一路目指していた。



「河童……ですか ?」
「そぎゃんたい。最近、田んぼや畑んしょっちゅう荒るっとよ。キュウリ畑んいっちゃん酷かけん間違いなか」
「で、その河童を退治して欲しいと?」
 冗談じゃないぞ。河童ってヤツは水神の末裔だ。一人で倒せるような楽な相手じゃない。それに一匹とは限らないじゃないか。いくら無名の新人だからってこの程度の報酬で引き受けられる仕事でもない。
「何ば言いなはんね。河童どんな川の神様やもん、退治するち、そぎゃん恐ろしかこつ……」
 俺は少し安心した。河童は妖怪といっても俺たちと同じ生き物だ。幽霊とはわけが違う。人間の都合だけで退治するなど気が進まない。最近はこういう田舎ほど躍起になって妖怪退治を進めようとするものだが、この村はそうでもないらしい。だが、そうすると気になるのが仕事内容だ。
「ではどうすればよろしいので?」
「どぎゃんでんよかけん説得ばしちくんなっせ。生活がかかっとるもんだけん、田畑ん荒らされ放題やとどぎゃんもこぎゃんもならんもんな」
 説得、ねえ。俺みたいな余所者より村の人間の方がよっぽど聞いてもらえそうな気もするが……。が、まあやってみるか。
「わかりました」
「とにかく河童どんのおごんなはらんごつ頼んます」



 そんなわけで俺は村人の案内で村を流れる川のほとりに来ていた。
 河童を畏れる村人は俺をここに連れてくるとすぐに逃げるように帰ってしまい、俺は大きな岩の上にひとり佇んでいた。
「天気がいいなあ」
 腰掛けている岩は川の上流ならではの巨大な岩で、うららかな春の日差しに気持ちのよくなった俺はそのまま岩の上に寝転がった。これから河童と対峙しようという時に、我ながら呑気なものだと思うが、村ののんびりとした空気がそうさせているようだ。日本にもまだこんな所が残っていたんだなあ。



 近くに強い妖気を感じて目を覚ますと、サッと起き上がって振り返った。いきなり俺が動き出したためか、目の前にいた生き物はビクッと動き、そのまま怯えたように固まってしまった。
 河童だ。さすがの俺もこの目で見るのは初めてだ。
 背丈は一メートルもないくらい、鱗に覆われていて、背中には甲羅、嘴があって頭の上には皿、もう絵に描いたように見事な河童だ。体色は灰色。河童というと緑というイメージがあったのだが、そうでもないようだ。
 ……と、つい観察をしてしまったが、仕事をしなければ。取り敢えずコンタクトを取ることにしよう。きっとこいつも気持ちよさそうに眠っている俺を観察していたんだろう。いきなり動き出したからビビってしまったようだ。
「わりいな、脅かしちまったか。ちょっと話があんだけどさ……」
 そう言いながら俺が近づいていくと、河童は文字通り真っ青に体色を変えて、身を翻すと一目散に逃げ出してしまった。
「あ、こら待て!」
 俺はすぐに追いかけ始めた。



 河童は目にも止まらぬ速さで茂みの中を駆け抜けていく。「陸に上がった河童」とよく言うがあれはウソだな。慌てているのかどんどん川と反対の方向に走っているのに、一向に弱る気配が見えない。しかも時々見失うので妖気をしっかりと捕捉しておかないと逃げられてしまう。茂みを掻き分けて走っていると、ススキの葉が体に細かい切り傷をつけていく。結構痛いんだぞ、これは。
 だんだんイライラが募ってきた。さっきから河童の姿は見当たらない。妖気も隠しているのだろうか、感じられなくなってきた。と、緑色の河童が走っているのが見えた。かなり近い。いつの間にか接近していたようだ。
 ていっ!! 俺は躊躇うことなく河童にタックルをかける。河童の体に手がかかった。
「キュ〜〜ッ!!」
 河童が鋭く鳴いた。よし、取ったぞ!
 ……と思った刹那、確かに河童を掴んだはずの手がぬるりと滑った。
 ちっ! だがバランスを崩すことくらいはできたはず。このまま取り押さえ……あれ、足が地面から浮いてる?
 あああっ!! 茂みで見えなかったが斜面だっ!!
 俺と河童はそのままゴロゴロと転がり落ちていった。



 ん……俺はそっと目を開いた。目の前にいたのは土気色の顔。嘴がついていて頭の上には平らな皿。ああ、河童か。さっきの奴とは違うようだな。ん? その向こうにも河童の顔。横にももう一匹……。
 俺は慌てて起き上がった。河童たちが一斉にビクッと反応する。うわあ……いるいる。二十匹くらいは集まってんぞ。しっかり仲間を集めて来やがった。見れば明らかに警戒心剥き出し。そりゃそうだよな、俺、さっきまで河童を捕まえようと追いかけてたんだもんな。……殺されるかも。
 しかし、ここはどこだ? もしかして河童の国か? そうなのか? 人間社会とそっくりの文明社会があって、習慣が人間とあべこべで、キューキューとよくわからん河童語を喋っていて、でもって……人間の世界に戻れなくなって、戻ったら精神病院行きかああっ!!
 そんな感じで錯乱しているうちに一匹の河童が近づいてきた。
「あた、どけから来なはったつね?」
 はい? なまっちゃいるけど間違いなく人間と同じ言葉だぞ。
「見らん顔だけん、村ん人じゃなかごたもんな」
「あ、人間の言葉がわかるのか……わかるんですか?」
 俺はおずおずと尋ねてみた。
「そら、おどんたっもここらに住んどるもん、人ん言葉もわっかりますばい。そるばってん、あた、やっぱりこの辺の人じゃなかね。珍しか言葉やもん」
 河童は快活にそう言っている。
「で……ここはどこですか?」
 そう言いながら立ち上がろうとしたが、足に激痛が走り、動くことができない。どうやら落ちたときに折れちまったらしい。
「そぎゃんきっちゃか言葉使わんでよかばい。こけぁ河童ん村たい。あた、足の傷んどらすごたっけん、ちょっと休んでいきなはっとよか」
 その河童はそう言ってくれた。



 というわけで怪我が治るまで河童の里に厄介になることになった。「治るまで」と言っても伝説の「河童の秘薬」ってものが実在したらしく、骨折さえもあっさり治してしまった。……まあ、いざとなったら文珠で治すって手もあるにはあったのだが。
 治ったら治ったで祝いにとどんどん里の河童たちが食べ物を持ってきてくれる。河童は思った以上に友好的だ。問題は……
「胡瓜と生魚かよ」
 そう、目の前にはうずたかく積まれた胡瓜の山と取れたての生魚。河童たちはおいしそうに胡瓜を囓り、魚を生のままぼりぼりと食べている。
「なぁん、あた胡瓜な好かんとかい?」
 胡瓜を囓りながら河童の家の一匹が言った。
「いや、嫌いじゃないけどさ……人は胡瓜のみに生きるにあらずってな」
「そぎゃん難しかこっば言わんで、そんなら魚でん食(た)ぶっとよかたい」
「いや、魚もさすがに生のままではな……」
「人間ち好き嫌いの多かねえ」
(胡瓜と魚ばっか食ってるお前らはどうなんだ!?)
 ……言っても無駄か。あれ、そう言えば俺がここに来た目的って……。
「なあ、村の人がさ、田んぼとか畑を荒らされて困ってるらしいんだけどさ。胡瓜好きなのはわかるけど、荒らさないでやってくれないか」
「何ば言いよんな。おどんたっな胡瓜ばちゃんと作りよっとばい。村の畑ば荒らすげな、そぎゃんこつはしとらんたい」
 河童はそこまで一気に捲し立てるように言ったが、ふと考えて、こうつけ足した。
「そるばってん、わきゃあもんなふざけちいたずらばしとるかもしれんな。やめるごつ言うとくたい」
「おっ、ありがとよ」
 何だ、話のわかる連中じゃないか。安心した。
「なぁん、村んもんからもお供えばもろとるけん、迷惑ばかくっと申し訳んなかもんだけん」
 良い所だなあ……。こういう人間と妖怪の関係っていいよなあ。ちくしょう、目から汗が出てきやがるぜ。
「どぎゃんしたね?」
「何でもねえ、何でもねえよ。これは心の汗さ」
 ……誰だよ、俺?



「おっどんと相撲ば取らんね?」
 若い……といっても今ひとつ区別がつかんのだが、とにかく若そうな河童たちがバタバタと走ってきて俺にそう声をかけた。なるほど、河童は相撲が好きって言うもんな。でも、俺は相撲なんてできんぞ。前は恐山の霊に酷い目に遭わされたし……。
「い、いや……俺はまだ体調の方が、さ……」
「遠慮せんでんよかたい。怪我なもう治っとっだろもん」
 結局、返答のいかんに関わらず連れ出されていく俺。人間相手に相撲を取るのが好きなのだろうか。ともかく、相撲に誘える人間なんて珍しいんだろうな。ま、少しくらい相手をしてやるか。河童と遊ぶ機会なんてそうそうないしな。



 前言撤回……。こいつら遠慮ってものを知らんのか!? シロの散歩といい勝負だ。妖怪の遊びを甘く見てはいけないってことか……。数え切れないほど地面に叩きつけられた末にようやく悟りながら、またも俺は地面と派手にランデブー。
「あた、弱かなあ……」
「遠慮せんでんよかとばい。まちっと本気でんおごったりせんばい」
 ……俺は十分本気だよ。さすがに遊びの相撲で霊波刀使ったり文珠使ったりはできんだろうがっ!? 純粋な体力だけならこんなもんじゃい!!
「仕方んなかなあ。おどんに勝ったらこん薬ばやったい」
 そう言いながら河童は竹筒を取り出した。
 俺は、俺は騙されねーぞ。だいたい何の薬だよ……。
「こっば誰でん好いとるおなごん飲ませなっと、そらもうよかごつなるばい」
 何!? それはつまり惚れ薬ということか!?
「よっしゃあああっ、もう一番やったろやないかいっ!!」
「あた、おなごにあんまりモテなはらんど?」
 呆れたように呟く河童。……ほっといてくれ。
 俺は……俺は今までになく燃えているぞっ!! 必ず勝つ! 勝って惚れ薬を手に入れるっ!!
「こらまた燃えとらすなあ」
「ほんなこつ。初めからこっでんすっとよかったろばってんな」



 相手は河童だ。まともにやり合ったって勝てない。やはり霊力を使うべきだ。ここは全身の霊波の出力を上げて格闘能力に変換する。俺の力をなめんなよ!! 俺様は誇り高きサ●ヤ人の戦士だああっ!! ……おっと、キャラが若干違った。
「でええりゃああああああっ!!」
 俺は惚れ薬を提示した河童とがっちり組み合った。今までのようにあっさり投げ飛ばされることもなく押しつ押されつの攻防だ。怪力の河童が真っ赤に、文字通り真っ赤に色を変えながら押しまくってくる。しかし!! 煩悩全開の今の俺に敵はないっ!!
「ぬおおおおおっ!!」
 コウ・ウ●キのような声で叫びながら俺は霊力をたっぷり乗せた両手で河童を抱え上げ、地面に叩きつけた。
「はあっ、はっはっはっ!! どうだ、これが俺の実力だああっ!!」
「本気出したら強かつな。こぎゃん楽しか取り組みは久し振りたい」
 嬉しそうに笑いながら投げ飛ばされた河童が起き上がった。
「そんなこたあどうでもいいっ!! 早く薬よこせっ!!」
 うむ、我ながら見事なくらいに余裕がない。今から誰に飲ませようか妄想が膨らんでいるのだ。おキヌちゃん? しかしなあ、さすがにおキヌちゃんはマズイだろう……。シロ? タマモ? ……いや、それはいろんな意味でマズイ。美神さん? 美神さんとこ飛び出して以来、ギクシャクしてるからな。関係修復も兼ねて一石二鳥! よし、これだ、これでいこう!
「投げられた時にこぼれたごたって」
 河童のその声で妄想特急の俺は現実に引き戻された。
「何だとおおおっ!!」
 俺は河童が指し示す地面に目を向けた。確かに竹筒が割れて液体がこぼれている。
 いや、それはいい!
 ……何故液体がこぼれた地面から煙が出ている?
「作り方ば間違えたごたるばい」
「そんなこったろうと思ったよ、ちくしょーっ!!」
 こうして、美神さんに惚れさせてウハウハ作戦、もとい、関係修復計画は幻となった。



 何はともあれ、怪我も治り、畑を荒らさないようにとの説得もあっさり済んだ俺は、取りあえず河童たちに別れを告げて、人里へ戻ることにした。河童たちは、子供たちが人間の畑に悪戯していたお詫びとして村の家にこっそり魚を持って行くと言っていた。いい関係だ。人間と河童がこうして互いを尊重できていれば、妖怪退治なんて仕事はしなくて済むんだろうなあ。



 村長から予定通りの報酬をもらって自動車で山道を下り始めたところ、一匹の河童が飛び出してきた。慌てて急ブレーキをかけて止まる。
「危ないじゃねーか!? どうしたんだよ?」
「土産ば渡しとらんもんだけん。どしこでん持っちけや」
 そう言って河童は後ろに合図をした。河童の集団が手に手に胡瓜や魚の包みを持って現れる。そうしてどんどん車に放り込んでいくのだ。俺の骨折もあっさり治した秘薬もくれた。前回は失敗作だった惚れ薬は……やっぱりできなかったようだ。
「おう、ありがとうよ。お前らも元気でな。また友だち連れて遊びに来るわ」
「あたん友だちならよか人たちじゃろ。いつでんよかけん連れて来いや。また相撲でん取ったい」
「……いや、それはちょっと」
 ともかく俺は手を振って河童たちに別れを告げ、車を出した。バックミラーには手を振る河童たちが映っている。良い所だった。こういう出会いがあるからGSはやめられない。



「……ところで、この魚は東京に帰るまで保つのか?」


     おしまい

Index

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