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羊がひとつ、羊がふたつ……。
小学校の低学年の頃、夜の九時には布団に入っていた。「子供は寝る時間」と両親に言われていたし、それに疑問を持つこともなかった。当時はそれが一般的だったのか、僕の家が特殊だったのか、夜中に子供連れで出歩いている人たちを頻繁に目にする今となってはわからない。
当時の僕は概ね「聞き分けのいい子供」だったけれど、時にはすぐに眠れないこともあったし、まだ寝たくない時だってあった。
そういう時、僕は布団に潜り込んだまま、蛍光灯の茶色い豆電球の下でこっそり本を読んでいた。両親に見つかれば叱られたし、その習慣のせいか数年後には視力が落ちて眼鏡が必要になってしまったけれど、薄闇の中で本を読むのは普段よりもドキドキして、ちょっとした冒険気分だった。
羊がみっつ、羊がよっつ……。
その頃読んだ本に、宇宙のことを書いた本があった。子供向けの易しい本だったけれど、こんなことが書いてあった。夜空に見える星の光は何百年、何千年、場合によっては何万年も前の光だということ。そして、星にも寿命があるということ。
そんなこと、大人になれば誰だって知っている。でも、小さかった僕はそのことを知って悲しい気持ちでいっぱいになった。僕らが見上げている夜空の星は、今この瞬間にはもうなくなっているかもしれない。あるいは、今この瞬間に宇宙のどこかで命を終える星の最期を、僕は見ることができない。人がそんなに長く生きられないことを、その頃の僕はもう知っていたから。
僕は枕に顔を押しつけ、声を殺して泣いた。それは、人という存在の儚さを嘆いてのものだったのか、それとも、誰にも知られることなくひっそりと生を終える星に対する、小さい子供の傲慢な憐れみだったのか。
それから僕は、星が花火のように鮮やかな超新星となってはじけて消える夢を何度となく見た。星の最期の輝きを看取りたいと思っていた。
羊がいつつ、羊がむっつ……。
今ではその頃のように薄暗闇で本を読むことはしない。眠れない夜には諦めて明るい蛍光灯の下で本を読むか、あるいはこうして羊を数えるか。
今、宇宙の片隅で僕が羊を数えている間にいくつの星が生まれ、そして死んでいるのだろう。僕はその最期に、何度立ち会うことができるのだろう。
羊がななつ、羊がやっつ……。
今夜も眠れそうにない。
お題「本」「羊」「宇宙」(初出:2008/10/16)
あとがき
mixi内のコミュニティ「オリジナル小説を書こう!」の企画用に執筆した三題噺形式のショートショートです。ブログに設置しているWeb拍手のお礼画面にもひっそりと掲載しています。そちらもよろしければご覧ください。
このお話は、私の子供時代の体験を元にしています。実際、私の視力が落ちたのは小さい頃に布団の中で豆球の灯りだけで本を読んでいたせいだと思います。
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