美神エアフォース
チャプタ−5「狂気」
著・深井零


 ヴェイパーを曵きながら一気に高度1万5千フィートまで上昇したファントムは水平飛行に移った。

 速度約600ノット。巡航速度というには少し速度が高い気もするが、スロットルレバーをやや前進気味に止められたエンジンは機体を蹴飛ばし続ける。

 2基のエンジンは快調で、両舷ともに相性もいいようだ。整備のリックはいい腕をしている、とレイは思った。

「あれで、よけいな悪戯さえしなけりゃな・・・」

 彼のよけいな計らいでずいぶんと派手になったファントムの翼を眺め、一人ごちる。これなら、まだ試作機のモザイクのようなカラーリングの方がまだマシだと思う。

 今にして思えば、彼の「趣味」の「被害」にあった機体は1機や2機ではなかったように思う。

 レイは近年急激に成長する日本の所謂コンテンツ産業には詳しい訳ではないが、彼の着任したあたりから、密やかにその機体たちは己の存在を主張していたようなフシがある。

 機体番号や所属コードとは別に、小さく680と書かれたファントム、機体全体を真っ赤に染め上げて、EVA02などと書き込まれたF/A-18、ずいぶんと直線的で、遠目にはリボンのようなメビウスの輪の描かれたF-14Aなど、彼の所業とおぼしき機体は枚挙に暇がない。

 あれは何の暗号だったのだ・・・? レイは帰投してからリックを締め上げる事を本日のスケジュールの一つにいれる事にした。

 



 酸素濃度も気圧も地上のそれとは比べ物にならないほどに低いこの高度は、訓練を受けたものか、ベテランの登山家でもない限り、人為的に酸素が供給されなければ高山病を起こし得る程危険だ。

 おまけに、戦闘機のコックピットは旅客機のように与圧などされてはいない。パイロットが気を失わないよう、申し訳程度に僅かに与圧されるのみ。

 令子は内耳の空気が膨張し、すぐ背後に設置されたジェットエンジンの爆音さえも遠く聞こえる中、マスクから供給される酸素を貪るように吸う。

 耳の奥がツンと痛む。

 

 人工的な生命維持措置なしでは立ち入るものを制限されるその領域は、まさに死の世界とも言えた。

 この美しく澄み渡る空はしかし、選ばれた者しか受け入れる事はない。レイは前席の令子に語りかける。

 

「予定高度に達しました。これより本機は飛行訓練に入ります」

「まずは、戦闘機がどんな動きをするのか、前席から体験してもらいます。まずは、基本的な機動から」

 令子のヘッドホンにレイの声が響く。ダイバーが深く潜水する時にやる、いわゆる“耳抜き”で鼓膜の内側と外側の気圧差を調整した令子の耳は、地上でのそれと同じ程度の聴力を取り戻していた。


 レイはスティックを左に入れ、試すようにゆっくりと機体をロールさせる。

 天地が緩慢に逆転し、またもとに戻る。令子の眼前にあるロール計は時計回りに一周。ど真ん中に表示されたWの表示、ウィスキーマークの周りを機体が仰角プラスマイナス0度を保っている事を示す0の文字がロール計の表示と一緒に時計回りに円周を描く。

「今の機動がエルロンロールです。では、次」

 

 今度はスティックを引き、機首を上げる。

 キャノピーの下に見えていた海面はやがて見えなくなり、やがて下に見えていた海面を頭上にみる。

 先程頑固なまでに0を示し続けたピッチ計の表示が滝を作り、その数値をめまぐるしく増やす。90度を境に表示はマイナスへ転じ、やがて再びゼロを指す。


「今の機動がインメルマンターン、いわゆる宙返りです。実戦では、ざっくりと言って、この二つの機動にヨーイングを複雑に組み合わせて戦う事になります」

「今度は私に少しやらせて」

 心なしか令子の声が弾んでいる。戦闘機という、未知の乗り物に少し興奮しているようだ。

 令子に機体を預けるのはまだ少し早い気もするが、機体に興味を持つ事は時間のないGSチームにとって有益だ。ほんの少しでも経験を積む事ができればなお良い。レイは彼女に機体を預ける事にした。

「いいでしょう。You have」

「I have」

 ファントムを令子に委ねる。レイのヘッドホンには変わらぬ令子の嬉しそうな声が伝わってきた。


「いいですか、速度と高度を維持し、水平飛行を行ってください。」

「真っ直ぐに飛べばいいのね? 了解。簡単よ」

 ヘッドホンに伝わるのは気丈な言葉だが、声はわずかに緊張の色を浮かべている。レイの手を離れ、重くなったスティックに戸惑いを感じているようでもあった。

 わずかに後席スティックがフワフワと動く。

 計器の表示が落ち着きなく、太極拳を舞うように揺れている。肩に力が入り過ぎだとレイは思う。

 必死で機体のバランスを取っているのが伝わってくる。レイは自分が新人だった頃を思い出し、頬が緩むのを感じた。

 

「緊張し過ぎですよ。リラックスしていれば、機体も落ち着きます。乗馬と同じですよ」

「黙ってて! 私にできない事なんて無いのよ!!」

 レイに返されたのは棘だ。それも毒を持ったやつだ。レイは目を丸くする。

 やれやれ、この自信はどこから湧いてくるのだ? と苦笑を浮かべたレイにため息をつく事はしかし許されなかった。そんな事をしたら今度は毒棘どころでは済まないモノが返ってきそうだ。それでもヘッドホンの向こうは深呼吸をしている。

 或いは溜息か。

 スティックと計器は少し落ち着きを取り戻す。毒をはきながらもアドバイスを受け入れているあたり、素直じゃないなとレイは思った。


「結構です。では、先程私がやったように、左エルロンロールをしてみてください」

「翼の揚力を感じながら、優しく・・・」

 空母での講習を思い出しながら、そっとスティックを左に入れる。

 レイのデモンストレーションとおなじく、ゆっくりとファントムは左にロールを打つ。視界が時計回りに周回を始める。


 水平に近いほど浮かび上がる力が働く主翼。その角度が45度を超えたあたりからその翼は機体を支えきれなくなり、高度を失い始めた。そして再び機体が主翼に支えられるまでのわずかな間に1500フィートほどの高度を失ってしまった。

 幸い、失速こそ起こさずに水平姿勢を取り戻したが、これではエルロンロールでは無く、別の機動だ。

 

 しかし、この時点でレイの予定に一つ狂いが生じた。

 彼の予想では機体がバランスを失い、失速するはずだった。どんなに鋭い機動ができても、失速しました、そのまま墜落しました。では話にならない。そこで、一番大切だと考えている、失速からのリカバリを最初に教えておくつもりだったのだ。

 それでも、機体は水平飛行を取り戻してしまった。それが偶然の産物にしてもだ。

 失速回復の訓練ができなかった形になってしまったが、別の機会にでもできよう。一週間で素人を第一線級のパイロットに仕立てなければならない促成栽培だが、だからこそ、きりもみくらいなら今後、素人の彼らはいくらでも起こす。まあ、いい。とレイは考え、何事も無かったかのようにカリキュラムを進める。


「エルロンロールの次はインメルマンターンです」

「インメルマンターン・・・宙返り・・・揚力を感じながら・・・」

 呪文を唱えるようにつぶやきながら令子はスティックを引く。

 ピッチ計、高度計、速度計がめまぐるしくその数値をかえる。

 

 太陽が頭上から足下へ流れ、水平線がブラインドをおろすように上から視界に入ってくる。

 水平飛行に戻ったとき、計器類は機動前とはまるで違う数値をさしていた。

 高度1万3500フィート、速度300ノット。ピッチ計がゼロ、水平を指している以外はどの計器も予定外の数値を示す。


「自分で操縦してみて、どうですか?」

「ジェットコースターみたいだったわ。レールが無い分、あれよりもスリルがあるわ」


 令子が振り返って言う。頭上には先程のインメルマンターンで主翼の描いたヴェイパーがわずかに残っている。

 その延長線上に自分たちがいるのだ。確かに、ループを描くジェットコースターに似ていると言えなくもないだろう。

 ジェットコースターは良かったな、と、レイは苦笑する。訓練中でなければ吹き出していたところだ。

 戦闘機をジェットコースターに例えるとは。そう思ったのだ。ここ数年、足を運んだ事のない平和の楽園を思い浮かべる。

 最後に行ったのは何年前だったか・・・、そう、今はもう別れてしまった恋人を連れて、無理矢理休暇を取ったデートが最後だった。

 

「ジェットコースターですか。感覚的にはそうかも知れませんね。では、計器を見てください。先程私が指定した高度、速度を保っていますか?」

「高度1万3500フィート、速度300ノット・・・全然外れてるわね」

「酷なことを言えば、指定はしませんでしたが、方位も10度ほど左に寄っています」


 令子はだから何? と言わんばかりのプレッシャーを教官役の青年に叩き付ける。令子にしてみれば全く経験のない航空機の操縦。厳密に正確な操縦などできる訳が無いのだから当然の反応と言ってもいいだろう。

 ヘルメットのバイザーをあげた令子が不機嫌そうに目をつり上げているのが、キャノピーのフレームに取り付けられたミラー越しに見て取れた。


「まあ、これは戦闘機であって旅客機やアクロバット機でもありませんので墜落、失速、機位を見失う事がなければ特に問題はないでしょう」

「じゃ、なんで? 問題ないならいいじゃない。好きに飛べるならそれでも」

「格闘戦中にはいちいち全ての計器に気を配る事は不可能です。従って、いかなる機動を行っても任意の高度、方位、速度を保てるカンが必要になります」

「私に才能がないと?」

「これからの課題です。なに、4日もあれば自由に飛べるようになりますよ。それと、筋はいいようです。初めての操縦でも、きりもみ失速をしていません」


 レイは取り繕うように令子を宥めようとしているが、一度機嫌が斜めになった令子を宥めるのは容易な事ではなかった。

 それができるのは、横島のセクハラによる逆療法か、おキヌが間に入る事ぐらいのものだろう。

 場合によれば、これ見よがしに札束を盛り上げても、機嫌を取る事ができるかどうかは怪しい。

 褒めてみせるのが遅いのよ。それが令子の感情を支配するすべてだった。


「それに、実際に作戦に使用するF-14Sは、無人での戦闘も可能な機体です。コンピュータが美神さんをサポートして墜落を防いでくれます」

「あまり気にしなくてもいいってこと?」

「まあ、そうなります。ですが、戦闘中、不意にコンピュータが機体のコントロールを奪い、隙ができてしまっては撃墜される恐れがあります。パイロット搭乗中のコンピュータによる戦闘はあくまで非常用と考えてください」

「・・・わかったわ」


 ぶっきらぼうな声がレイのヘッドホンに響く。

 レイは空母に帰ってから令子が荒れるだろうと思った。

 令子のようなじゃじゃ馬を御するには、レイはまだまだ彼女を知らなすぎると言う事だった。


 斜めになった機嫌は行き場を求め、おそらくは八つ当たりの形を持って横島にふりかかるだろう。

 横島がサンドバッグとして己が身を彼女に差し出すのが、今は最上の解決法と言える。しかし、そこに本人の同意などは無い。


『俺にあたらんでくださいよっ・・・!!』

 ズタボロになった不死身の少年がこの蜂蜜色の髪の上司に抗議する様が脳裏に浮かんだ。下手をすれば、俺があんな目に遭うのか・・・。あれなら、士官学校時代の鬼教官、『サディステック・ブルー』方がよほどマシだと思った。痛い思いはしたが、本気で死にそうになった事は無かった。あれは、彼なりの優しさだったのだろうと、部下を持つようになってそう思うようになっていた。


 それにしてももう少し巧い言い方はなかったのか・・・。女性を怒らせた事にレイは悔やむ。しかし、後悔は先には立たないし、覆水は盆に返らない。

 事の成り行きを時間に任せるしかなかった。

 思考回路から後悔を追い出す。すぎた事を考えていても仕方がない。軍人に必要なのは反省であって後悔ではないという事だ。


「さて、ここからは模擬戦です。前席から戦闘機同士の格闘戦がどんなものなのかを見て、参考にしてください。今回の仮想敵機は先行して発進したF/A-18ホーネット。コールサイン、ウィザード3です」

「コールサイン?」

「無線でのやり取りに使う呼び出し名です。私がオメガ1であるように、彼もまた、無線ではウィザード3と呼び出されます。ウィザード小隊の3番機である事を意味するコールサインですが、これは軍に限った事ではなく、民間の無線にもコールサインは存在します。この辺は講義で説明していませんでしたが、戦闘技術には直接関係がありません。何となくで覚えていても大丈夫でしょう」

「そんなもんなの?」

「まあ、本格的にパイロットになろうとお考えでしたらきちんとこの辺も勉強して資格を取らなければなりませんが、今回はこの一週間だけですし」

「一週間だけのパイロットって言うのもヘンな話よね」

「米日ともに適任者が見つかりませんでしたから・・・やむを得ないところですね」

 レイは苦笑しながら話すが、本心は別にあった。

 空を飛んでいる脅威を排除するのに素人を使うなど、プロの戦闘機パイロットには悪い冗談以外の何者でもない。

 空で戦うのは訓練を積んだ俺たちのようなパイロットのはずだ・・・。

 

 レイはそんな嫉妬にも似た感情を理性と諦観のポケットにねじ込み、スロットルレバーの無線のスイッチを押し込む。


「ウィザード3、自己紹介を」

 レイはホーネットのパイロットに呼びかける。すぐに声が返ってきた。

「こちらマイケル・Y・ポーター少尉。コールサイン、ウィザード3。パイロットになって半年の新人ですが、よろしくお願いします。今日は自分の格闘戦訓練も兼ねていますので、こちらからの手加減は無いものと思ってください」

「美神令子よ。来週の作戦に呼ばれたGS。お手柔らかにね」


 まだ幼さの残るその声の持ち主ははっきりと、令子に対して勝利宣言とも取れる言葉を吐いた。

 歯に衣着せぬその物言いは令子は嫌いではなかったが、さっきのを見ていなかったの? 私はあんた以上に素人なのよ! と怒鳴ってやりたかった。手加減をしろとは言わないが、勝手に勝利宣言をされて面白かろうはずもない。しかし、『何でもできる美神令子』を自負する以上、口が裂けても『できない』とは言いたくなかった。


「マイク、今回の相手は俺だからな。勘違いするなよ」

 背伸びをしてみせた後輩に、苦笑いを浮かべたレイが割り込む。

「後で操縦のコーチをしてやろう、とか思ったんだろ? やめとけ。迂闊に彼女に声をかけるとさっき甲板にいた坊主みたいにされるぜ」

「うっ・・・やめてくださいよ、中尉」

「ちょっとあんたたち! 人をクマみたいに言わないでよ!!」

 皮肉を言われた令子は額に井桁を貼付けて二人に抗議する。

 二機のコックピットに笑い声が響いた。


「さあ、おしゃべりはおしまいです。強いGがかかりますからしっかり踏ん張ってください」

 好青年の顔から、キッと戦闘機乗りの顔に変わり、スロットルレバーを握り直す。


「オメガ1よりウィザード3、状況開始しろ」

「ウィザード3、了解」

「ブレイク、ナウ!」


 レイの号令で、2機は散開し、あっという間にお互いが視認できなくなる。

 一度視認圏外まで離れ、『防空エリア内に侵入、挙動不審の不明機を単独にて邀撃、これを撃墜せよ』が、新人に課せられた。本来、最低でも2機編隊で行動する戦闘機には少々不自然なシナリオ。これではまるでTVゲームではないか。

 一対一のドッグファイトよりも、複数機の連携を高めるための訓練の方がよほどリアリティがありそうに思う。


 新米少尉もおかしいとは思っていたが、理由を聞いてあきれてしまった。

『俺のシボレーは大喰らいな上に、日本じゃバカみたいにガソリンが高い』

 レイによるとオメガ小隊の仲間と賭けをしているという。F/A-18に勝てたらクルマに腹一杯ガソリンを喰わしてやるというのだ。

 それでわざわざこんな不自然なシナリオを作ったのか・・・、よく艦長の承認がおりたもんだ。マイケルは文字通り開いた口が塞がらなかったが、だからといってムザムザと上官の愛車の肥やしになるつもりは無いし、現用機でこんな旧型機に負けたとあっては、同期の連中に顔向けができない。


『ライオンはウサギを狩るにも全力を尽くすってね・・・』

 マイケルはアフターバーナーに点火した。



 ファントムの型遅れのレーダーに求める姿は映ってすらいない。

 デビュー当時には驚異的だったレーダーも、今となっては瓶底眼鏡のド近眼といったところだろうか。おまけに今回は早期警戒機、E-2ホークアイのサポートも無い。目は無いに等しい。

 機械の目が使えないなら、マーク1アイボールセンサー、肉眼を使うまでだ。どんなに電子装備が発達したところでそれを最終的に処理するのは生身の人間に他ならない。そのために、戦闘機のパイロットは身体能力を極限まで高めなければならない。


『電子装備なんざ、イカレちまえばガキのマスかきの役にも立たん』


 嘗て、あの鬼教官は決まってこう言っていた。何とも品のない言い方だった。

 首を巡らせると、太陽の中で何かが不自然にキラッと光る。間違いない、奴さんのホーネットだ。レイはにやりと唇を歪める。『奴は、俺が接近に気づいた事に気づいてない』

 チャンスだった。

 レーダーの死角から滑り込んできたホーネットにはあらかじめ格闘戦を口実に空対空ミサイルの使用を禁じてある。もし、長距離射程の空対空ミサイルなんぞ持たせていたら、この旧式ではまず勝負にならないし、訓練にもならない。おまけに、今のでもう「海軍中尉の空中黒焼き、戦闘機とともに」なんてメニューで背後上空から迫るホーネットのランチになっているところだ。

 


      

「タリホー! ボギー、7オクロック・ハイ! エンジェル16、アバウト7!」

        (敵機発見! 目標、7時上空、高度16000、距離700!)


 目標の位置が令子に伝えられるが、覚えたばかりの単語は素直に状況としてその頭脳に入力されない。

 どこなのよっ! と口をついて出そうになるが、辛うじて飲み込む。教わるばかりでは自分のためにならないと思った。

「ヤロウ、いっちょまえに太陽背負ってやがる! オメガ1、エンゲージ! マスターアーム、オン! シーカーオープン!!」

                         (オ メガ1、交戦! 兵裝安全装置解除! ミサイル誘導装置作動!)


 スロットルレバーをMAXまで叩き込まれたエンジンはアフターバーナーの炎を煌めかせて機体を蹴飛ばし、気の狂わんばかりの加速を始め、結局目標を見つけられなかった令子に新たなGを強いた。

 首から、嫌な音が響いてきた。目標を捜す事を諦めて、正面に向き直る事にした。

 レイがスティックを左へなぎ、左90度のロールのまま機体を旋回。



 もう見つかったか・・・。突如旋回を始めた『不明機』に新米は迂闊な接近を反省する。

 基本通り太陽の中から襲いかかったつもりだったのだが、機体の乱反射でも見られたのか・・・? 考えてみても、TVゲームのようにリセットができる訳でもなし、『不明機』が逃げに入ったのなら追うのが道理。マイケルも旋回を開始する。奇襲は失敗したのだ。ならば、正々堂々と勝負するのみ。

 機体の性能は遥かにホーネットにアドバンテージがある。勝機はあるはずだ。

 

 

 戦闘機としては孫と祖母とでも喩えられよう隔世の差がある2機。

 方や本来は既に現役を退いている旧型機、方や実戦で運用される現用機。同じ米軍の艦載機と言えど、30年の歳月はファントムに重くハンデとしてのしかかってくる。

 

 身軽さが売りのホーネットは、やすやすとファントムの背後に迫る。

 重武装が売りのファントムは却って武装がアダとなり、ホーネットにその背中を晒す。

 おまけに、ファントムには碌な耐G訓練を受けてもいないド素人を載せているのだ。ハンデには過酷が過ぎよう。たとえ、ホーネットにミサイルが無いとしてもだ。


「いくら頑張ってもそんなドンガメじゃスズメバチには追いつけませんよ、中尉!」

「ぬかせ! ハチにゃ幽霊は刺せねぇんだよ!!」

 ファントムを卑下する後輩に啖呵を切る。新米が機体の性能を過信しているのなら、そこに付け入る隙があるはず。レイはそれを狙う。


 レイはスティックを切り返すと同時にラダーペダルを蹴飛ばし、左の旋回から右の旋回に切り替える。

 追うウィザードは旋回の切り替えを読み、一気に上空からかぶせ、機銃のペイント弾が一直線に走る。

 レイはそれを見切っていたかのように左へロールし、紙一重で避ける。


 射線を確保するために一瞬直進飛行をしたホーネットはそのままファントムの脇をすり抜けてしまう。

「よけた!?」

「射撃前の直進飛行のクセが直ってないな!!」

 必殺のつもりの一斉射をかわされ、『撃たされた』事に気づいたマイケルは、慌てて体勢を立て直すが、ファントムは既にホーネットを追う体勢に入っている。己の弱点を鷲掴みにされた挙句、それを利用された。

 自分を追いに入った若い上官が穏やかな人間で良かったと思う。中尉は所謂『鬼教官』の定義には当てはまらなかった。

 もし、そうでなければフル装備のまま飛行甲板30周のランニングを覚悟しなければならないところだろう。

 

 ホーネットの左後方300mからレイは食らいついていく。

 機体は限界の小回りに翼を軋ませ、分解せんばかりの振動を繰り返しながらホーネットの旋回軌道にその機首をねじ込んでいく。

 

 ファントムのレーダーが眼前で無様に逃げるホーネットを睨みつける。

 照準レーダー波をキャッチしたマイケルは機体に右へ左へとフラダンスを強い、レイの撹乱を試みた。

 レイの眼前に表示されたミサイルシーカーはホーネットを追い、ディスプレイを駆け回るが、一瞬たりとてそれを捉えられない。技量だけでは如何ともしがたい性能差が如実に現れる。


 狂おしくフラダンスを舞う2機の戦闘機は徐々に旋回の抵抗で速度と高度を失う。

 それでもファントムはレイの技量に応え、ホーネットは少尉の技量に従う。

 言葉ではわずかな差でしかないが、それは確実にレイに攻撃のチャンスもたらし、マイクは機体をファントムの牙に晒す。


 2機の間は既に100mを切った。突如、計器にCAUTIONランプが点灯する。母機がミサイルの爆発に巻き込まれる危険があると警告を発し、武装を機銃に切り替えるように推奨していた。

 もちろん、訓練であるため、空母で搭載したミサイルは全てハリボテだが、機体は翼にぶら下げられたミサイルがダミーである事を知る由はないし、訓練だからこう、実戦だからそうというイクスキューズは通用しない。

 実戦で発射条件を満たさないが、訓練ではそれを無視できるという理屈は存在しない訳だ。

 すべてを実戦に準拠させる。そうでなければこれはただのゲームだ。何の意味も成さない。賭けのダシであったとしてもだ。

「!」

 接近のしすぎに気づいた瞬間、その右手の親指は無意識的に武装選択スイッチを弾いた。20mm機銃、スタンバイ。

  

『被撃墜マーク』を正確にホーネットへ送りつけるべく、ひらひらと舞うそれを凝視する。

 全くもって容易では無いがしかし、レイの待ちこがれる瞬間は訪れた。文字通り、ほんの一瞬だ。しかし、訓練に訓練を重ねたレイはその一瞬さえも逃さない。

「チェックメイト!!」

 レイの口元に不敵な笑みが浮かぶと同時に、GUNが低く唸り、ペイント弾の鞭がしなる。

 しかし、機体に間抜けの烙印を押されるはずだったホーネットは視界左上方にその姿を消す。


「ちいっ!」

 頭を巡らせ、レイが再び視界に捉えたホーネットは左舷上方でレイにその背中を晒し、地球に同じ面を向けたまま公転する月のようにファントムの前方50mをバレルロールで“公転”していく。

 バレルロールは、追尾機を中心に円筒を描く事で、追尾機よりも長い距離を飛び、最短距離をいく追尾機に追い抜かせてしまおうという機動だ。

 このままではファントムはホーネットに対して射線を取れないどころか、ホーネットを追い越し、その射線に機体を晒してしまう。


「やるようになったな! ヒヨッコ!」

「ダテにしごかれちゃいません! 中尉!!」

「だが、まだ甘い!!」


 ホーネットの描く鋭いバレルロールの軌道に、ファントムが追従する。

 コックビットにのしかかるGが急激に大きくなり、再び機体がきしみ始める。

 ファントムがその主翼からヴェイパーを曵き、それが描くトンネルは直径約10メートル。


 三度天地がひっくり返り、内蔵が潰れていくような感覚に陥る。

 耐Gスーツは腰から下を締め上げ、血流が下半身に偏るのを防ぐが、それでも視野は一瞬暗くなり、高Gによる意識障害、Gロックがおこり始める。

 

 しかし、それでも2機はバレルロールをやめない。

 先に機動を変えた方が後ろをとられる。

 粘りきった方が後ろを取る。


 鍔迫り合いが3人を消耗させる。

 2機とも機体が悲鳴を上げ、高G警告灯が点灯する。

 いい加減にしろと機体が警告しているようでもあった。

「ぐうっ・・・っく・・・」

「ぬあぁぁっ・・・」

 2機の無線はうめき声しか伝えない。罵倒も、舌打ちもナシだ。

 不意に、それまでとは異なる警報がファントムのコックピットに鳴り響いた。

 はっとなったレイは教官用ディスプレイをのぞく。

 マイケルも無線越しにヒヨッコですらなかった頃に散々鳴らした警報を聞きつけ、速度を緩めたファントムに寄り添うように飛ぶ。


 教官用ディスプレイに表示されているのは、訓練生が意識を喪失した事を伝えるメッセージ。

「あっちゃぁ・・・」

「フロントシーターを撃墜ですか・・・中尉」

 シートベルトを緩め、身を乗り出して前席を覗くレイ。

 キャノピーを並べ、コックピットを覗き込むマイケル。


 ファントムの前席には、ぐったりとした令子が収まっていた。

 マスクに胃の中身をぶちまけなかっただけでも僥倖ではあろう。インカム越しにでも、その音を聞いてしまうと、こちらまで「もらって」しまいそうになる。間違っても、気分のいいモノではない。

「・・・始末書・・・かな、こりゃぁ・・・」

「大丈夫すよ・・・多分・・・」

「今年こそは書かずに済ませたかったんだがなぁ・・・」


 レイは今年初の「艦長専用頭痛の素」を作成する羽目になった。始末書不要自己新記録達成まであと2ヶ月に迫っていたが、それは来年に持ち越されそうな気配が立ちこめる。

 今週いっぱいは艦長にとって鎮痛剤が手放せない一週間になるだろう。


「・・・オメガ1よりキティホーク。ミッションオーヴァ。RTB」

「ウィザード3よりキティホーク。コンプリートミッション。RTB」

 訓練の続行を断念した2機は暗い声で任務終了を宣言し、空母へ帰投する。



 キティホークではそんな事は露程にも知らない横島たちが2機の帰りを待っていた。



Chpter6「次なる狂気」に続く

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